平成23年8月 第14号 (日本語版)
代表取締役 小溝 勝信
- 目次 -
はじめに
株式引受、社債引受、M&A、IPO、REIT
株価総額、債券残高、店頭デリバティブ全般、クレジット・デリバティブ
資産運用会社、投資信託、年金基金、ヘッジファンド、PB(プライベート・バンク)、個人金融資産
エグゼクティブ・サーチ・パートナーズ株式会社(ESP)のプロフィール
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はじめに
3月11日に勃発した東日本大震災とそれに続く原発事故は日本社会や経済を直撃した。そこで多くの論者は、「日本はこれを機に新しい経済社会を構築すべきだ」と論じているが、いずれも掛け声ばかりで具体論がない。「問題」は、日本経済の再構築のために必要な「リスクマネーの十分な供給」がなく、「リスクを取り・加工する金融業態」や「それに叶う金融人材」が少ないことである。日本の金融におけるこの根本的な問題は、「失われた20年」を経ても変わっていない。
日本経済は80年代に資金不足から資金余剰に移行したが、金融のオリジネーション機能とリスクの移転・加工機能が十分に育っておらず、企業の価値創造能力が弱いまま今日に至っている。即ち、国際市場での本格的な「投資銀行ビジネス」とグローバルな「資産運用ビジネス」の「遅れ」が、日本経済の低迷と運用難の根本的な原因となっている。
第一章では、「日本の『投資銀行ビジネス』と『資産運用ビジネス』の国際市場での遅れの定量分析」として、日本の金融市場が「商業銀行ビジネス」に偏重していることを定量的に説明する。
第二章では、「最近の金融人材需要の様相」として、今年上半期の金融人材市場がどのようなものであったかを報告する。
第一部 日本の「投資銀行ビジネス」と「資産運用ビジネス」の
国際市場での遅れの定量分析
1.国際市場での「遅れ」の定量分析
日本の金融セクターのGDP寄与率
商業銀行、証券、資産運用、保険を含む金融セクターの国民経済(GDP)に対する寄与率は下記の通りである。
| GDP寄与率 |
就業者全体に占める 金融セクターの就業者の比率 |
金融セクターの就業者数 | |
|---|---|---|---|
| 日本(09年) | 5.70% | 3.20% | 184.7万人(10年3月) |
| 米国(09年) | 8.30% | 4.40% | 569.9万人(10年6月) |
金融危機以前に「日本を金融立国に変えるべき」との主張があったが、実態と乖離している。
(参考)GDPと換算レート
※10年のGDP(名目、IMF発表)は、日本は$5,459bn(479兆円)で世界3位である。世界のGDP総額は$62,909bn(5,033兆円)であるから日本のシェアは8.7%となる。米国のGDPは$14,658bn(1,173兆円)で世界の23.3%を占め、日本の約2.5倍である。下記は、これらの数値との比較で説明する。
※このレポートでは、引用した資料で使われている換算レート以外は、1米ドル=80円、1ユーロ=116円を使用した
金融業務別国際比較
・日本の投資銀行業務、グローバル・マーケッツ業務及び資産運用業務が、国際市場でのシェアからみて、いかに小さいかを定量的に説明する。
・結論として、日本のGDPは世界の8-9%を占めるにも関わらず、「日本の投資銀行ビジネス」や「資産運用ビジネス」は、おのおのの業務で世界の3-4%程度に過ぎない。今後、アジア、南米、中東等での非先進諸国の経済発展が進めば、日本市場の相対的地位はますます低下すると考えられる。
(a)投資銀行業務
株式引受 ※トムソン・ロイター社資料参照
11年1-6月の日本の株式引受総額は$14.8bnであったが、同期間の世界の株式引受総額は$412.2bnであった。日本のシェアは3.6%に相当する。
社債引受 ※トムソン・ロイター社資料参照
11年1-6月の日本の社債(事業債、サムライ債、証券化等を含む円建て債券)の引受額は9.57兆円($120bn)であったが、同期間の世界の社債引受額は$3trillionであった。日本のシェアは4.0%に相当する。
M&A ※トムソン・ロイター社資料参照
11年1-6月の日本のM&Aは$82bnであったが、同期間の世界のM&A総額は$1.5trillionであった。日本のシェアは5.5%に相当する。
IPO ※トムソン・ロイター社資料参照
11年1-6月の日本のIPOは$292.1mnであったが、同期間の世界のIPO総額は$111.2bnであった。日本のシェアは0.3%に過ぎない。資本主義経済の発展は、基本的に、新しく勃興する産業や企業により導かれる。日本のIPOの国際的な遅れが、日本経済のダイナミズムの欠如を象徴している。
REIT
10年8月末の日本のREITの時価総額は5兆円程度であったが、同時点での米国のREITは48兆円、欧州全体では20兆円、オーストラリアでは12兆円であった。日本は4位に位置する。
PE(プライベート・エクイティ)
10年のPEファンドによる日本のM&Aは6,145億円($7.7bn)であったが、同期間の世界のPEは$220bnであった。日本のシェアは3.5%に相当する。
(b)グロ−バル・マーケッツ業務
株価総額
11年6月末の東京証券取引所の株式時価総額は295兆円($3.7trillion)であったが、同時点での世界の株式時価総額は4,528兆円($56.6trillion)(国際取引所連盟集計値)であった。東証のシェアは6.5%に相当する。3月末時点での東証の株式時価総額300兆円のGDP比率は63%だが、米国のニューヨーク証券取引所とナスダックの合計は1,565.7兆円($19,571bn)で、そのGDP比率は134%である。しかも、アジアの取引所の台頭や欧米取引所の合従連衡もあり、東証のシェアは下降傾向にある。
債券残高
10年末の日本の公募事業債の残高は55.7兆円($696bn)であったが、同時点の米国のcorporate bond残高は$45,596bn(365兆円)であった。日本の社債残高は米国の15.2%に過ぎない。また、日本の国内銀行の企業・政府等向け貸出残高は447兆円で、これはGDPの93%に相当するが、事業債はGDPの12%に過ぎない。一方、米国の事業債のGDP比率は31%である。即ち、日本企業のデット・ファイナンスは、社債より銀行借り入れが中心であることを示している。
店頭デリバティブ全般
10年末の日本の店頭デリバティブの想定元本額は3,700兆円($46.3trillion)であったが、同時点の世界の店頭デリバティブ残高は$600trillion(1.8京円)であった。日本のシェアは7.8%で、日本の金融機関は金利・為替系のデリバティブを比較的活発に使っていることを示している。
クレジット・デリバティブ
10年6月末の日本のCDSの想定元本残高は$1.1trillion(88兆円)であったが、同時点の世界の想定元本残高は$30.2trillionであった。日本のシェアは3.6%に相当する。
(c)資産運用業務
資産運用会社| 資産運用会社 | 運用資産残高 |
|---|---|
| 野村AM (11年3月末) | $320bn (25.6兆円) |
| Fidelity (11年5月末) | $1,662bn (132.9兆円) |
| PIMCO (11年3月末) | $1,282bn (102.6兆円) |
日本最大の資産運用会社である野村アセット・マネジメントの運用資産額は、米国の大手資産運用会社のフィデリティ・インベストメンツの19.3%に過ぎない。 投資信託 10年12月末の日本の公募投信残高は63.7兆円($796bn)であったが、同時点の世界の公募投信残高は$23.7trillionであった。日本のシェアは3.4%に相当する。
| 純資産運用残高 | 国民1人当たり保有高 | 残高のGDP比率 | |
|---|---|---|---|
| (兆円) | (万円) | (%) | |
| 日本 | 63.7 | 50 | 13.3 |
| 米国 | 963.5 | 311 | 80.8 |
| フランス | 130.6 | 207 | 61.9 |
| オーストラリア | 105 | 472 | 107.5 |
| 英国 | 72.9 | 118 | 39.4 |
| 全世界 | 1,896.00 | N.A. | 37.7 |
日本の投信は人口22百万人のオーストラリアより小さい。
年金基金
10年末の日本の公的年金残高は181兆円、私的年金が105兆円で、合計303兆円であり、これは世界第2位の規模である。このGDP比率は63%だが、これが国際的に高いか否か、また、日本の資産運用会社がその運用にどの程度貢献しているかは、国によって年金制度が異なるので単純には比較出来ない。
ヘッジファンド
世界のヘッジファンド残高は、ヘッジ・ファンド・リサーチ社調べでは、11年3月に2兆ドル(160兆円)を超えた。一方、ユーリカヘッジ社調べでは、日本のヘッジファンド残高は11年4月末で157億ドル(1.3兆円)あり、これは世界の0.9%に相当する。しかし、かつて100人を超えた和製ヘッジファンドのファンドマネジャーの数は、現在では50人程度に縮小していると見られる。これは、日本の税率が高いこともあろうが、ヘッジファンド運用で国際的に活躍出来る日本人が極めて少ないことを示す。アジアのヘッジファンドが急増しており、日本の金融資産への投資はアジア市場から行われている。
PB(プライベート・バンク)
日本の個人金融資産の内、5億円以上の資産を保有する世帯数は6万世帯、総額で65兆円とされる。日本の金融機関や外資系のプライベート・バンク(20社程度)がこの争奪戦を繰り広げている。日本の富裕層の保有する金融資産額が海外と比較してどの程度かは承知しないが、日本の富裕層ビジネスは依然黎明期にある。日本のPBの遅れは、日本の高い税率にもよるが、個人取引においても圧倒的なシェアを持つ邦銀や証券会社に、「富裕層取引とは何か」について明確な経営哲学が無いことにも起因する。日本の銀行や証券会社は、個人富裕層に対しても一般顧客と同レベル程度のサービスしか提供出来ていない。
個人金融資産
| 金 額 | GDP比 | |
|---|---|---|
| 日本(11年3月末) | 1,476兆円 | 3.1倍 |
| 米国(11年3月末) | 3,904兆円 (48.8兆ドル) | 3.3倍 |
| ユーロエリア(10年12月末) | 2,192兆円 (18.9兆ユーロ) | N.A. |
日本の個人金融資産残高は、ドイツの2倍強、フランスの3倍弱である。ボストンコンサルティング社によれば、世界の個人金融資産は約9,800兆円あり、日本の残高は1/7に相当する。日本の個人金融資産の大きさが確認される。
しかし、日本の個人金融資産の6割以上が60才以上の高齢者により保有され、保守的に運用されている。即ち、11年3月末の日本の現金・預金は816兆円で、個人金融資産全体の55.3%を占める。リスク資産である債券・投信・株・出資金は182兆円で、全体の12.3%に過ぎない。一方、同時点の米国の個人金融資産では現金・預金は14.0%で、債券・株式・出資金は52.5%に及ぶ。米国では、巨額の個人金融資産がリスクマネーに配分されていることが分かる。
欧米金融機関における投資銀行業務の貢献度
・日本のメガバンクの決算資料には、セグメントとして「投資銀行業務」の記載がない。これは、投資銀行業務が戦略業務と考えられていないことによる。欧米の大手金融機関は、投資銀行業務を含めた広範な金融サービスを提供しており、決算資料でも「投資銀行業務の貢献度」が具体的に説明されている。
・欧米の主要金融機関の収益構造の推移をみると、投資銀行業務が全体純収益の大きな部分を占めている。また、商業銀行業務と投資銀行業務の兼営により、全体の収益が平準化していることが分かる。
| 銀 行 | 純利益 | 08年 | 09年 | 10年 |
11年 1〜6月 |
|---|---|---|---|---|---|
| JPMorgan Chase | 全社合計@(億ドル) | 56.1 | 117.3 | 173.7 | 109.9 |
| うち投資銀行部門A | △11.8 | 69 | 66.4 | 44.3 | |
| 構成比(A/@) | △21% | 59% | 38% | 40% | |
| Citigroup | 全社合計@(億ドル) | △276.8 | △16.1 | 106 | 63.4 |
| うち投資銀行部門A | 60.7 | 91.9 | 65.8 | 28.9 | |
| 構成比(A/@) | n/m | n/m | 62% | 46% | |
| Bank of America | 全社合計@(億ドル) | N.A. | 62.8 | △22.4 | △67.8 |
| うち投資銀行部門A | N.A. | 100.6 | 63.2 | 36.9 | |
| 構成比(A/@) | N.A. | 160% | n/m | n/m | |
| Deutsche Bank | 全社合計@(億ユーロ) | △57.4 | 52 | 39.8 | 48 |
| うち投資銀行部門A | △84.9 | 35.3 | 51 | 32.9 | |
| 構成比(A/@) | n/m | 68% | 128% | 69% | |
| Barclays | 全社合計@(億ポンド) | 51.4 | 45.9 | 60.7 | 26.4 |
| うち投資銀行部門A | 13.2 | 24.6 | 47.8 | 24 | |
| 構成比(A/@) | 25% | 54% | 79% | 91% |
2.「遅れ」の原因
我々は、日本の「投資銀行ビジネス」と「資産運用ビジネス」が主要先進国から大きく遅れを取っている主たる理由は、@商業銀行が圧倒的に優位な日本の金融構造、A変化を阻むさまざまな既得権益者の存在、B硬直的な日本の労働市場にあると考えている。
「原因」−1:「商業銀行」が圧倒的に優位な日本の金融構造
・我々は、日本経済にチャレンジ精神を失わせた基本的な原因は、「商業銀行が圧倒する日本の金融構造」にあると考えている。「投資銀行ビジネス」とは、機関投資家や個人富裕層からプロとしてリスクマネーを集め、それを成長性あるリスク資産に誘導し、付加価値を創出する金融業態である。今日の米国経済は、20世紀初頭から台頭した投資銀行によって実現されたと言っても過言ではない。フォード自動車やグーグル等、世界経済を牽引する大企業の上場や拡大を支援したのは米国の投資銀行である。勿論、米国の投資銀行はこれまで大きな過ちを犯して来たし、現在も経営の見直しを迫られているが、世界経済が資本主義を選択し続ける以上、「投資銀行ビジネス」による経済発展への寄与が期待される。一方、「商業銀行ビジネス」の主たる業務は預金を集め融資することだが、銀行が集める個人預金は生活資金であり、企業の預金は運転資金に充当されるもので、リスク資産のファイナンスに使われるべきものではない。従って、商業銀行が圧倒的な存在感を持つ日本の金融市場において、リスクマネーが拡大する余地は小さいことになる。
・現在の資金余剰経済では、貸出し中心の商業銀行業務は必然的に縮小する。そこでは、投資銀行が商業銀行に代わり、成長性のある事業を見つけ出し、そのリスクを加工・コントロールし、余剰資金に投資機会を提供しなければならない。これにより経済成長も可能になる。投資家の中には、保守的に運用するだけなく、リスクは高くとも高いリターンを求めるニーズがあるはずだ。ここに「投資銀行ビジネス」と「資産運用ビジネス」の役割がある。
・しかし、日本の金融界には、リスクを回避する商業銀行と、リスクを取り次ぐ証券会社(ブローカー)があるだけである。これまで、外資系金融機関が「投資銀行ビジネス」を担ってきたが、今や日本法人を縮小している。
・10年末の国内銀行の貸出残高は447兆円で預金残高が630兆円であるから、183兆円の預超となっている。この内、国債、財融債、国庫短期証券の購入に使われているのは143兆円である。即ち、巨額の預超資金が公共部門のファイナンスに使われている。
・10年7月での日本証券業協会の前哲夫会長によれば「1400兆円余の個人金融資産の内、証券会社は13%しか預かっていない」とのことである。一方、預・貯金は個人金融資産の55%に及ぶ。日本の銀行の存在の大きさが確認される。
「原因」−2:変化を阻むさまざまな既得権益者の存在
名目GDPの成長率がゼロの状態が継続すれば、1,000兆円にも及ぶ公共部門の負債を返済し、深刻化する年金問題に対応し、更には東日本大地震からの復興を果たすことは不可能である。これに対して財務省は消費税等の税率アップで対応しようとしている。大幅増税すれば景気が落ち込み、その分税収が減ることになる(ピーク時には60兆円もあった税収は、現在40兆円程度に落ち込んでいる)。これらの問題への根本的な対応は、「経済を長期のデフレ状態から脱却させ、持続的な経済成長を実現する」しかない。そして、新しい産業の勃興を促すためには規制緩和、構造改革や労働市場の流動化を進めなければならない。しかし、このように主張すると、すぐに「市場原理主義者だ!」とか「弱肉強食の非情な社会へ導く!」と非難の声が上がる。我々は、これらを「現状を死守しようとする既得権益者の主張」と考えている。
(1)経済が活性化しインフレになれば損害を被る既得権者がいる。即ち、@1400兆円余りの個人金融資産の内、6割以上を持つ高齢者は、低利であっても元本が保証されている銀行預金を選好する。高齢者は、インフレになれば保有する金融資産の購買力が低下するから、マスコミを煽って大騒ぎするだろう。A日銀が市場に大量の流動性を供給しても資金は銀行に滞留したままで、企業に融資されない。中小企業に融資すれば再び不良債権となるし(不良債権の増大を金融庁が認めるはずはなく、銀行の経営者が責任を取らされることになる)、大企業には借り入れ需要がない。結果、日銀が放出した大量の流動性は、資金不足状態にある公共部門に回る。しかし、金利が上昇すれば、国債を大量に保有している国内銀行(ゆうちょ銀行を含む)や保険会社等は巨額の損失を被ることになる。10年末の国内銀行が保有する国債・財融債(国庫短期証券は含まれない)は85.7兆円に及ぶが、金利の上昇で数兆円の損害が発生すると言われている。従って、銀行は金利の上昇を望んでいない。一方、日銀による低金利政策と流動性供給政策の恩恵を受けて、銀行は11年3月期決算で巨額の利益を計上した。これらの理由により、日銀は、公式には「インフレターゲット」を掲げているが、それに誘導する気持ちはない。
(2)90年代、金融のグローバル化が進んでいた時代の「抵抗勢力」は、銀行の経営者であった。当時、邦銀は巨額の不良債権の存在を認めようとせず、一方、外資系金融機関が金融先端商品を持込み、存在感を高めていた。邦銀の優秀な若手は、改革を進めようとしない経営者に強い不満を抱き、こぞって外資系金融機関に転職した。しかし今日では、一部の大手金融機関のトップ経営者は「グローバル化は帰らざる河の流れ」と覚悟し、改革を進めようとしている。彼らは、外資系金融機関の高度のノウハウや多様な考え方を導入するために、外部からの人材採用や組織変革を行おうとするが、現在の「抵抗勢力」である中間管理層が猛反発している。外部から優秀な人材が採用されると、自分の身分が危険に晒されるからである。しかし、経営者にはそれを押し切るほどの覚悟が無い。
(3)城山三郎の小説をテレビドラマ化した『官僚たちの夏』でも演じられていたが、戦後の日本経済の回復・成長には、良くも悪くも官僚が大きな役割を果たした。しかし、今日の官僚は、さまざまな出来事で露呈しているように、志を忘れ、自分の所属する省の権益確保と天下り先の獲得に躍起となっている。この官僚機構が金融業、農業、建設業等の旧来型産業と癒着し変革を阻止している。その他にも、労働界、司法界、学界、マスコミ等のさまざまな守旧派が、既得権を失わないために日本の経済・政治の改革を阻止している。
「原因」−3:硬直的な日本の労働市場
・経済の活性化のためには「労働の適正な流動化」が必須であるが、大企業の企業別労働組合は、労働の流動化が進むと正社員の身分確保が難しくなるとして、年功序列・終身雇用の日本的雇用慣行に固執している。日本の労働組合は非正規労働者の権利保護に関心が薄い。また、日本の正規雇用者に対する解雇条件は欧米諸国に比べて非常に厳しく(日本は、OECD加盟27カ国中ポルトガルと並び最も解雇規制が厳しい)、「整理解雇の4要件」の適用は非常に保守的で「整理解雇」が認められることは極めて少ないと。従って、一旦雇用すると、どんなに不良な従業員でも辞めさせることは事実上不可能である。日本の司法界はアンフェアなほど労働者の地位保全に肩入れし、「左翼思想の残骸」と言われるほど時代錯誤している。司法関係者は社会の変化や世界の動きをもっと勉強すべきだ。従ってこの法的環境下では、企業は正社員の雇用に慎重になり、新規労働力としては派遣やアルバイト等の非正規社員で対応することになる。結果、企業の従業員教育は進まず、また、リスクを取って新しいビジネスに参入出来ない。ある学者の調査では、海外でも解雇規制の強い国や地域ほど失業率が高い。従って、日本の労働慣行や司法は、本当の意味では労働者を抑圧していることになる。
・一方、「事実上の解雇」を平気で行う外資系金融機関も多い(形式的には「合意」に基づく退社ということになっている)。従業員も、人事部による「他の人も受け入れているから合意書にサインして下さい」という説明に、疑問を持つことなく応じている。日本の労働法に関する無知の仕業である。また、司法も「日本企業と外資系企業では雇用慣行が違う」(社会的相当性)という詭弁で、外資系金融機関での事実上の解雇を容認している。
当社は、日本での労働法適用でのこの「ダブル・スタンダード」が、金融人材市場の改善に大きな障害となっていると考えている。
・日本の失業率は約4.5%であり、国際的に低い方だと言われるが、これは、企業や司法が労働者に優しいからではない。政府による農業保護(各種の補助金)や公共事業への財政資金の投入により雇用が確保されただけだ。ある試算では、1兆円の公共投資で1.7万人の就業者が増加すると。これが日本の産業の構造改革や政治改革を遅らせ、結果、現在の財政悪化をもたらした。しかし、現在、財政は危機的状況にあるため、今後、それは叶わなくなり日本の失業率は急速に上昇すると考えられる。また、現在の失業の2/3は「構造的要因(ミスマッチ)」によるもので、需要不足に起因するものではない。問題は失業率の高さではなく、再就職先を見つけるための社会的インフラが整備されていないことである。
3.「遅れ」の日本の経済への影響
日本のGDPは10年に中国に抜かれている。それ自体は仕方がないが、@国内に投資機会が少ないため企業は海外へ脱出し、産業の空洞化が深刻化している。A外国資本の日本への直接投資が縮小している。10年の実績では、英国への外国資本の投資はGDPの20%、米国に対しては15%であったが、日本では3.7%に過ぎない。また、外資系金融機関の日本法人の縮小が続いている。いわゆる「ジャパンパシング」が進行中である。B業績の先行きが不透明であることから、企業は手元資金を積み上げており(全企業の手元資金は75兆円ある)、新規投資に慎重である。企業は従業員の給与を抑え、人材の新規採用も控えているため、09年の日本の「貧困率」は16.0%に上昇している。これは85年以来最悪の数値である。これらが国内需要の回復を遅らせている。C日本には1,000兆円に及ぶ国と地方の借金がある。現時点では国債の95%が国内投資家によって保有されており、当面「借金の取立て」はない。しかし、この比率は低下傾向にあり、海外保有比率が10%を超えると、ヘッジファンドに売りを浴びせられ、日本経済は超インフレとなり崩壊する。また、日本の人口は急速に減少しつつあり、いずれ年金制度は崩壊する。
これらに対する根本的な対策は、「経済を活性化させ、GDPを大きくする」以外にない。これは火を見るより明らかだが、日本では官民挙げて「問題」から目をそらせている。「もう遅すぎる」と諦めているのかも知れない。
第二部 金融ビジネス別の人材需要の様相
概観
・11年上半期では、年初での米国の景気回復期待、3月の東日本大地震とその世界経済へのインパクト、収束しない欧州危機等さまざまな要因が混在し、加えて、各社の個別事情がからみ、内外の金融機関各社は11年の戦略を立てにくい状況にあった。この不透明さを反映して、金融人材市場は回復傾向にあるものの、力強さはなかった。
・しかも人材採用ではビジネスによりばらつきがあった。単純化して言えば、@個人投資家を対象とするビジネスは、相対的にではあるが、人材需要があった。即ち、投信、個人向けの仕組み債(円が急騰する以前)、プライベート・バンク等に顕在的・潜在的な人材需要が見られた。A投資銀行業務では、株式や債券の引受けは震災の影響もあり停滞気味であったが、クロスボーダーM&A関連で、特に若手への強い人材需要があった。B債券業務では、年初、JGBのトレーダーやセールス、個人向けの仕組み債関連で人材需要があったが、三菱UFJモルガン・スタンレー証券での巨額損失の発覚や、震災を契機とする円高により人材ニーズは縮小していった。
・金融機関別でもばらつきが見えた。日本法人を縮小する外資系が多かったが、反面、日本市場で再度拡大を図る大手や、再編のために人材採用するところもあった。野村証券はグローバル化を進めるために米国で積極的に人材採用していたが、国内の投資銀行部門で新しい血の注入が進んでいないため、内外一体となったグローバル化は難しいと評価される。他の日本の大手証券会社の経営は旧態依然で、また内部も混乱しており、改革は一向に進んでいない。従って、日本の大手金融機関からは意味のある人材ニーズは出て来なかった。
・金融危機後の対策として、米国のドッド・フランク法の施行やバーゼル規制の強化等、世界でさまざまな規制強化が進んでいる。スイスの金融機関には18%の自己資本比率が課されている。結果、11年上半期決算では多くの外資系金融機関が減益となっている。1-6月のROEでは、ゴールドマン・サックスが8.0%、UBSは12.0%に低迷している。従って、いくつかの金融機関でのリストラ計画が報じられている。一方、ボルカー氏は「米国の金融規制改革のペースは、効果がない水準にまで減速した」と嘆いている。この綱引きが、今後どう調整されるかが注目される。日本法人は、既に人員不足となるほどスリム化されており、これ以上の人員削減は無いと見られていたが、実際にはリストラが散見された。
・外資系金融機関のどの部門でも見られる現象だが「世代交代」が進められている。特に投資銀行部門と資産運用会社で目立つ。しかし、金融危機後金融モデルが変化しており、それに対応出来ない「シニア層」が退出を迫られるのはやむを得ないとしても、それに代わる「若手」の採用が上手くいっていない。多くの外資系金融機関が日本の金融機関からの若手の採用を期待しているが、危機後、若手はチャレンジ精神を喪失しており、外資への転職に興味を持たない。これは、若手側にも問題があるが、外資系金融機関にキャリアを築く職場としての魅力が薄れており、また、短期間に採用・リストラを繰り返す経営や人事制度に問題があるからだと思われる。
1.投資銀行業務
(1)株式引受と債券引受
・11年上半期の日本企業による株式での資金調達は63件、約1.2兆円弱であり、件数・金額ともに前年同期比50%近く減少した。この減少には、金融機関や事業会社による株式での調達が前年までに一巡していることに加え、3月の震災が影響した。目立ったのは、りそな銀行の約6,000億円の増資くらいで、他には、エルピーダメモリ等の中規模の増資があった程度である。
・人材の動きでは、金融危機後に株式や債券の引受け業務が活発となった時期もあったが、基本的には既存のスタッフで対応するというスタンスであった。しかし最近、一部の外資系金融機関が日本市場での資本市場業務での再チャレンジや、投資銀行業務のグローバルベースでの戦略変更にあわせて、日本でも陣容を拡大するところがあった。また、国際的な銀行に対する資本規制の強化に対応し、来年にかけて日本の大手銀行も増資すると見る関係者も多く、一部の外資系が引受けやファイナンスチームを強化していた。
・11年上半期での日本企業の債券による資金調達は4兆円で、前年同期比11.4%減であった。一方、地方債やサムライ債等を含む円建て債券全体の資金調達は9.6兆円で、前年同期比7.9%増加した。震災前には、パナソニックの5,000億円の社債発行やソフトバンクの5,500億円のWBSリファイナンスなど、順調な滑り出しに見えた債券発行市場だが、3月の震災で、特に社債発行がストップしてしまった。その後、日銀の迅速な対応等により、社債の発行額は前年並みに戻っている。今年の後半では、前半からの延期分も含めて大型起債が予定されており、債券発行市場の回復が期待される。これが下期の人材採用に繋がるかどうかはこれからである。
・また、複数の大手米系投資銀行が地方公共セクターへの対応のための体制作りを進めている。彼らは震災からの復興需要だけでなく、中央から地方政府への権限委譲の流れを受けて、地方公共セクターでビジネスチャンスが出てくると考えているようだ。ゴールドマン・サックスの茨城県のごみ処理施設へのファイナンスなどは象徴的であろう。但し、官僚や政治家絡みのこの種の動きには懐疑的な関係者も多く、今後の動きに注目したい。
(2)IPO
・低迷する日本のIPOであるが、11年年初には企業の業績回復傾向や円高懸念の後退もあり、拡大するのではないかと期待された。しかし、大震災で上場延期または中止する企業が出るなど、当初の盛り上がりは消滅した。
・米国では、FacebookやLinkedInなどの新興企業の超大型IPOが目白押しであり、中国のIPO市場の規模は日本の数十倍までに拡大している。日本の新興企業の中には、直接、アジア市場で上場しようとするところも出ている。
・日本市場でIPOが拡大しないのは、日本市場の構造的な問題に根差しているからと考えられる。従って、今後もIPO関連で人材需要が拡大することはない。
(3)M&A
・11年上半期のM&Aの公表案件数は前年同期比9%減少したものの、金額では約6.3兆円で45%の大幅増加となった。特徴は、In-Outクロスボーダー案件の大幅な増加である。
・年明け早々、新日鉄と住友金属の2兆円規模の超大型統合案件が話題をさらった。その後、震災によりM&Aの増加ペースは減速するかに思われたが、むしろ震災が国内企業の統合・再編や海外進出の加速を促すきっかけになったようだ。また、円高もIn-OutM&Aの強い追い風となっている。そのため、4-6月期のM&A取引総額は約3.5兆円と、前期比2.4倍に増加した。特にアジアでのM&Aが活発で、全体の50%以上を占めている。その後の大きな案件では、1.1兆円の武田薬品によるナイコメッドの買収や、9,000億円の野村ホールディングスの野村土地建物の完全子会社化などがあった。その他、多数の数千億円規模の案件が公表されている。
・急増するクロスボーダーM&A であるが、人材需要の対象は若手中心である。この候補者には、高いエグゼキューション能力とグローバルなコミュニケーション能力が求められている。
・ブティックM&Aファームの活動も活発であり、近年、日本に進出した外資系M&Aブティックでは、若手に加えシニアな人材の採用が行われた。日本の大手証券会社や銀行系証券会社でも引き続き若手から中堅に対する人材需要があった。ここでも、クロスボーダーM&Aを担当する人材が求められており、英語力は必須である。他には、監査法人系のアドバイザリー・グループ等で若手や中堅に対する人材需要があった。
(4)カバレッジバンカー
・投資銀行業務の先行きが不透明であることから、外資系金融機関の間で人材採用に対する方針にばらつきが見られた。業績不振により規模を縮小している外資系の投資銀行部門がある一方で、某欧州系投資銀行は投資銀行業務でのフランチャイズの構築を急いでいる。ここでは投資銀行本部長を外部採用したが、さらにシニアバンカーから中堅、若手人材の採用に動いている。また、某米系投資銀行でも投資銀行本部長を外部採用し、子会社の売却に伴う人材流出を補うため、中堅のカバレッジバンカーを積極的に採用している。その他、複数の大手投資銀行でシニアバンカーの退社に伴う採用の動きが散見された。いずれの場合でも、前述のM&Aの場合と同じく、採用の対象はグローバルな人材で、RMとしてだけでなく、エグゼキューション能力ならびにプロダクトや業界知識を持ち、海外プロと連携が出来る高いレベルのプロである。
・しかし、世界経済の推移次第では人材ニーズが変わる可能性がある。報道では、大手の外資系金融機関数行がグローバルベースでリストラを行うとのことで、その内、数行が日本の投資銀行部門でも人員を削減するという噂が飛び交っている。トップクラスの外資系投資銀行は依然として、取り組みを一件当たり3億円以上の収入が期待できる案件に限定しており、大手の外資系金融機関間で競争が激化している。かたがたフィーのダンピングが起こっていると。ここで勝ち組と負け組が選別されつつある。
・日本の証券会社では、引き続き外資系での業務経験があるバンカーへの人材需要が見られる。ただし、単なる傭兵的な役割ではなく、日本の金融機関に新風を吹き込み、グローバル化に貢献するプロが求められている。従って、シニアなセクターヘッド・クラスというよりは、中堅VPからEDクラスが対象になっている。
・外資系投資銀行にとって、現在、商機のある産業は、薬品、消費財、TMT、そして金融機関(保険の国際化、地銀の再編、大手銀行の増資等)のようだ。
2.プライベート・エクイティ(PE)
・世界のPEファンド市場には資金が戻っており、情報によれば、11年の海外市場でのファンド組成額は10年比4-5割増になるとのこと。これは、金融危機後の経済停滞で将来性のある企業が割安になっていることによる。
・一方、日本市場でのPEは引き続き低迷しており、人材の需要もあまり聞かれなかった。11年初頭には、カーライルによるツバキ・ナカシマ買収(EVベースで約660億円)やベイン・キャピタルによるすかいらーく買収(EVで約3,000億円)があり、また、丸の内キャピタルによる成城石井買収(約420億円)等、相次いで大型案件が発表された。従って震災前までは、ファンドによる企業買収は前年同期比で3.3倍に急増していた。しかし震災後には、買収価格の算定が難しくなり交渉の延期や中止が相次いだ。現状、ファンド側にとって間尺に合う大型の投資案件がほとんどないようだ。事実、上述の3案件も、ファンドや証券会社の自己投資部門が買収した企業を売却する、セカンダリー案件である。このような案件では激しいビッド合戦になり、落札してもよほどのValue Upが出来ない限り、要求されるリターン(20%−30%)に届かない。しかし間尺に合う案件を待っていても投資出来ず、未消化で投資期限を迎えることになる。いずれのケースでも次のファンドレイズが出来なくなる。約500億円のファンドを立ち上げたPEファンドのAdventが4年間で1件も投資出来ず、今年3月に日本から撤退した。これらの事情により、多くの大手ファンドは日本ファンドの立ち上げに逡巡している。結果、アジアファンドの一部を日本への投資に使っている状況である。
・一部の大手ファンドは投資機会を増やすため、投資をPEに限定せず、クレジットものや不動産関連への投資も検討している。即ち、PE専業から総合投資会社への脱皮の動きである。一方、今後の日本経済の回復に期待して、再生や企業価値の向上のためのファンドを立ち上げる動きも見られる。これらが具体化してくれば、人材需要が出てくると考えられる。
・これは私見だが、日本株のPERは国際水準でみれば割高だが、一方、多くの上場企業のPBRが1を下回っている。これは、収益性は低いが、厚い純資産を有しているからと言える。即ち、資産が効率的に活用されていないのだ。従って、かつてのように買収ファンド(「ハゲタカファンド」と揶揄された)が成長力のある企業を見つけて投資すれば、産業の活性化に伴い金融人材への需要も拡大すると期待される。
・PEでも小規模な企業買収を専門に行うファンドは比較的元気で、若手から中堅にかけての人材需要があった。これらはファンドサイズが小さく、柔軟に投資対象を絞って投資していたようだ。ここでの採用の対象は、主として中堅のソーシング担当や若手のエグゼキューション担当であった。投資銀行からの移籍組もいる。
3.不動産関連
・結論として、不動産関連の人材需要は昨年同様に限定的である。
・震災前は、10年秋の日銀のJ-REIT買い入れ決定を契機にREITの増資ラッシュが起こり、都心オフィスビルの空室率やキャップレートに改善傾向が見られるなど、不動産市場の改善の兆候が見られた。しかし震災以降、地震被害よりも原発事故による放射能拡散や長期の電力不足懸念が、不動産市場に悲観的な影響を与えた。その後、不動産市況の混乱は概ね収束し、現在では様子見の状況となっている。従って人材需要も起こらない。
・関係者の話では、海外投資家にとって「日本の不動産市場はアジアの中で最大かつ最も安定した市場である」との認識は変わらず、現時点では、既存の投資資金の引き揚げや撤退の動きは見られないとのこと。一方、ここ数年、外資系投資銀行のPI部門に代わり、金融危機後に日本に進出した外資系ファンドなどが、日本の不動産や不動産担保のローン債権(NPL/SPL)を買おうとしているとの情報もある。これらの動きでの人材需要は現時点では限定的だが、今後、市場回復と共に投資が活発化してくれば、人材ニーズは高まるかもしれない。
4.債券/デリバティブ
・金融危機以降、主要先進諸国は危機からの脱却のため積極的に金利低下政策と流動性供給を行った。この恩恵を受けて、世界の金融機関の業績は急速に回復した。日本のメガバンクの11年3月期の決算でも同様であった。このため、09年以来、JGBや外債のトレーダーやセールスの人材需要があった。しかし、3月に発表された三菱UFJモルガン・スタンレー証券のスワップション取引を主因とする1,000億円の損失は、マーケットに衝撃を与えた。これは、同社のリスク管理の甘さによると言えるが、より根本的な原因は、日本の大手金融機関の経営者が「素人」であることに起因する。これが外資系金融機関との決定的な違いである。最近は日本の金融機関も人事方針を変え、現場のプロは外部採用されている。しかし、執行役員以上の人事は依然、生え抜きのジョブローテーションで行われている。従って、担当役員は現場のプロが何をしているか理解出来ない。投信の販売以外に大きな収益源を持たないメガバンクは、これからも余った預金を投入して、JGBや米国債のトレーディングで稼ごうとするだろうが、外部のプロを採用しても、プロとしての管理が行われなければ同じ問題が起こる。一方で、保守的な商業銀行業務に固執しているメガバンクが、リスクの高いトレーディング業務に賭けているのは奇妙なことだ。この三菱UFJ事件以降、債券関連の人材需要は全く聞かれなくなった。
・かつて投資銀行ビジネスの収益の過半を稼いでいたグローバル・マーケッツ部門、特に債券部には売るものが無い。収益の主体は、JGBのトレーディングとセールス、また、外国国債およびクレジット・スプレッドのある海外債権やヘッジファンドの金融機関宛てセールスであろう。しかし、これらのビジネスでの人材採用は一巡している。また、外資系が個人向けに組成する仕組み外債(金利・為替・株の仕組み)は、一時、日本の銀行や証券会社を通じて猛烈に売れており(サードパーティ・ディストリビューション)、外資系証券会社での人材需要をもたらしていた。しかし、震災以降の急激な円高と、日米の金利差と為替レートのコー・リレーションが機能しなくなったことで、外資系金融機関に大きなカウンターパーティ・リスクが発生しており、この商品の販売に急ブレーキが掛かっているとのこと。従って、人材需要は全く聞かれなくなった。
5.株式
・11年4-6月の東証の一日当たり株式売買代金は約1.4兆円で、前年同期比17%の減少であった。売買の過半は海外ヘッジファンドと個人のデイトレーダーである。日本の国内証券会社にとって株式委託販売手数料の全収入に占める比率は依然として高いが、デイトレーダーはネット証券で取引しており、日本株の対面取引は減少の一途を辿っている。国内証券会社は株式販売を従来通り対面で行うのか、ネット証券で対応するのか判断に苦慮している。一部の証券会社がネット証券の設立を計画したが、収益を確保出来る確信が持てず人材採用までには至らなかった。一方、ネット証券からの撤退の動きもある。
・長期のデフレに苦しむ日本経済や震災の影響を受けて、日本株に対する長期投資需要が停滞している。従って、外資系金融機関での日本株のトレーダーやセールスの陣容は極少に抑えられており、新規の人材需要は期待出来ない。しかし現実には、折々欠員補充や証券会社の個別の都合で採用が行われることがある。
6.アナリスト
・上記の日本株の状況により、基本的にエクイティ・アナリストに対する人材需要はないが、折々、採用が行われることもある。即ち、海外の機関投資家は世界の8%程度を占める日本のGDPの大きさに鑑み、日本株を一定比率、ポートフォリオに組み込まなければならない。その場合、割安株や成長株を買いたいとのニーズが出る。また、回復しつつある海外ヘッジファンドが日本株を投機の対象にしている。これらのニーズへの対応として、外資系証券会社で折々、若手アナリストに対する採用需要が出る。
・海外のヘッジファンドが日本の年金基金へのアプローチを強化している。中には東京にオフィスを構えるファンドもあるが、その場合、投資家宛てアプローチのためのバイリンガルの若手アナリストが採用されることがある。
・内外の大手機関投資家は日本株の購入に当たっては「ポイント制」をとっており、そのため、アナリストは機関投資家の注目を引くレポートを書き続けなければならない。従って、アナリストの仕事は昼夜を問わず激務である。また、外資系証券会社のシニアアナリストは自分の分析と海外本社の見方の違いを調整しなければならず、意見が合わず退職を余儀なくされる場合もあるようだ。
7.エクイティ・デリバティブ
・エクイティ・デリバティブでは、日本の株式マーケットの低迷を受けて人材需要は聞かれない。しかし、銀行や年金基金といった機関投資家の運用ポートフォリオに対する、リスクヘッジや運用利回り強化のためのソリューション提案、保険会社の変額年金保険の運用や再保険のヘッジニーズ、個人富裕層やリテール向けの仕組み債やファンドの組成、また、投資銀行部門と協力しての株式持ち合い解消、MSCB類似のエギゾティックな資本調達手法の提案等、それなりの商機はあるようだ。しかし、人材ニーズには至っていない。
8.ヘッジファンド関連
・ドッド・フランク法により米国の銀行で自己勘定取引が出来なくなったので、プロップトレーダーたちが退社してヘッジファンドに転職したり、新会社を設立しているようだ。ヘッジファンドの総資産残高は既に危機以前の水準を回復している。しかし、かつてのような高いレバレッジ取引や中身が不透明なものははやらないようだ。また、その一部がアジアでヘッジファンドを立ち上げている。
・ヘッジファンドは、日本の年金基金、生保、金融機関の資金を狙っており、中には東京にオフィスを設立するところもある。今後、ヘッジファンドで、これらの機関投資家からの資金集めのための人材ニーズが起こると見られる。彼らによれば、不安定化している中東マネーに比較して日本マネーは低利で安定性があるとのこと。
・ヘッジファンド宛てのプライムブローカー・ビジネスは、与信を制限されているため日本でも活発でない。一方、ヘッジファンドに魅力的な投資資産を提供するビジネスは忙しいようだ。複数の外資系金融機関の債券部門や株式部門が、日本市場でイベント等により割安となった資産をヘッジファンドに売って稼いでいた。しかし、人材採用には至っていない。
9.資産運用
(1)全般
・09年から拡大していた日本の資産運用業界での人材需要は、採用が一巡されたこともあり、10年後半では一服していた。11年に入り、米国株の上昇を見て運用業界でも期待感が広がり、実際、11年3月期の決算では多くの運用会社の業績は若干ではあるが、改善していた。一方、海外の資産運用業界は金融危機後の運用体制を見直していた。即ち、一層の運用のグローバル化、運用戦略の多様化、アジアフォーカス等である。これらを背景に、一部の外資系資産運用会社の日本法人でも変革が進められていた。日本の運用業界は90年代後半に見られたような変革期を迎えているようだ。従って、人材採用活動は危機以前のような力強さはないものの、他の金融ビジネスに比較すれば活発であった。
・人材需要の変化の一つは、高齢化する人材の新陳代謝である。新卒採用しない外資系運用会社が、“次世代”層の人材不足に備え、中堅から若手の採用を考えている。ここでは、日本の運用会社の生え抜きの若手をターゲットとしている。しかし、採用は、大企業従業員のチャレンジ精神が減退する中で容易ではない。かつてのように、日系から外資系への人材の流れが運用業界でも起こらなければ、外資系運用会社の人材は早晩枯渇することになる。
・変化の第二は、運用のグローバル化である。長期化するデフレにより国内に適当な投資対象が少ないため、日本の機関投資家は運用のグローバル化を進めている。また、短期での高利回りを期待する個人投資家は、海外資産を組み込んだ投信を選好している。そして、国内での商機の縮小傾向を見た一部の日本の資産運用会社は、海外の運用会社との提携・買収を進めたり、海外拠点を充実させて海外での運用力の強化を図り、海外の機関投資家からの受託契約の獲得を狙っている。このグローバル化に対応出来る人材が求められているが、日本の資産運用ビジネスはこれまで国内展開が中心であったため、適合する人材は希少である。
(2)投信ビジネス
・金融危機後に52兆円強にまで減った国内公募投信の純資産残高は、11年6月末現在で65.8兆円となっており、投信ビジネスは大きく拡大しているように見える。しかし、第一章で説明した通り、海外の主要先進国と比較すれば、日本の投信はまだ発展途上にあると言わざるを得ない。投信の世帯普及率は米国で43.9%、日本では7.9%で大きな差がある。また、個人金融資産に占める割合でも、11年3月末で米国は12.8%だが日本は3.6%に過ぎない。
・公募投信の本数は11年6月末で前年同期比274本増えた(7%増)。日本株投信が減少する中で、牽引したのは海外資産で運用する投信である。内、債券型は年間119本増えており(17%増)、これは米国の低格付け債や新興国の国債での運用である。アジア株を中心に外国株で運用する投信も97本増えた(15%増)。その中で、通貨選択型投信は追加型投信の約17%に達している。
海外資産で運用するこれらの投信の販売は日本の証券会社や銀行が行うが、運用は外資系運用会社が担当する。野村総合研究所によると、日本の公募投信残高の55%が「投資一任」および「投資助言」といった外部委託(サブアドバイザリー)を活用しているとのこと。
このため、外資系資産運用会社の日本法人では、09年から日本の販売会社からの要請に基づいて、海外の運用部門と協力して商品を設計・組成したり、日本の運用会社と共同して国内投信を設定するプロダクト・マネジャーへの人材需要があった。また、ファンド数は過去3年間で35%も増えているが、運用会社にとって販売会社へのサービス向上が不可欠であることから、セミナーや勉強会対応を含めたホールセラー業務や、マーケティング業務で人員を強化する動きも見られた。
・金融危機後は証券会社経由が中心であった投信の販売チャネルが、銀行、地方銀行、そしてネット専業証券やオンライン銀行などによるインターネット販売などに、多様化している。特に若年齢層を中心に広がっているネット経由での投信の購入は、今後全体の20%程度にまで拡大するとの試算もあり、新しい人材ニーズの勃興を期待したい。
・しかしながら、日本の投信は業界として大きな問題を抱えている。上記の通り、最近の売れ筋は海外資産で運用する投信に偏重しており、個人投資家は大きな為替変動リスクと信用リスクを負っていることになる。また、毎月分配金の多寡が販売の成否を決めるため、毎月分配型投信残高はいまや36兆円強に増大しており、追加型株式投信の7割近くを占める(現在、年間の分配金を基準価格で割った分配金利回りは12%程度となっている)。
・投信業界は、「目先を変える」投信を頻繁に売り出しているが、上記の問題もあり、公募投信は「60兆円の壁」を破れない。一方、投信はその高い販売手数料のため、証券会社や銀行の大きな収益源となっている。従って、販売会社は既存の投資家に新規の投信への乗り換えを勧め、手数料を稼ぐ。投信に関わる多くの心ある人たちはこの「問題」を理解しながらも、「背に腹は替えられない」として追随している。しかし、さすがに最近、業界や金融当局もこの「投信リスク」を問題視し始めているようだ。
・11年は“30兆円の個人マネーの争奪戦”の年と言われた。しかし、期日が到来した個人向け国債やゆうちょの定額貯金は、安全指向を強めて銀行預金に流れており、リスクマネーとしての投信への流入は順調でない。
・上記を背景に、09年以降、外資系金融機関での人材ニーズの半分程度を占めていたと見られる投信関連の人材需要は、現在では一服している。
(3)機関投資家ビジネス
・海外の資産運用市場において、自社が得意とする運用手法や伝統的資産を提案する従来型モデルでは、機関投資家のニーズに応えられなくなっており、現在、グループ内に多様な運用手法を整備し、投資家ニーズや環境の変化に対応しているという。この流れを受けて、日本でも内外の運用会社が戦略の見直しを迫られている。大手の運用会社はグローバル株式、グローバル債券、エマージングもの、クオンツ、オルタナティブ等、多様な資産の運用を提案出来る体制を構築しようとしている。従って、外資系運用会社の日本法人は、海外のファンドマネジャーと協力してこの戦略を推進出来るプロダクト・マネジャーを採用しようとしている。しかし、この職責に叶う候補者は希少である。
・最近、「ソリューション・マネージャー」という言葉が頻繁に聞かれるようになった。この背景には、年金(IFRS規制)や銀行(バーゼル規制)に対する規制強化への対応や、運用利回りを改善するためのソリューション提案力の強化である。この機能は従来から一部の運用会社にはあったが、参入しようとする運用会社も増えている。そのため、このソリューション提案に叶う、デリバティブ手法やアセットアロケーションのノウハウを持つ人材に対するニーズがある(一方、マーケットにはデリバティブを組み込む提案に異を唱えるプロもいる)。
・低迷状態から脱出出来ない日本株のファンドマネジャーに対する人材ニーズは、多くの外資系運用会社で日本株運用が海外で行われていることもあり、引き続きあまり聞かれなかった。
年金基金
・資金流出フェーズに移行した日本の年金基金であるが、依然、公的年金も含め約300兆円の資産を運用している。これは米国の年金に次ぐ世界2位の規模であり、海外の大手運用会社からの注目度は高い。
・しかしながら、日本の年金基金は不振を続けるパフォーマンスの改善やリスク管理の強化を迫られている。このため、日本の企業年金は従来のドメスティック・バイアス(日本株や日本国債への過度な集中)修正のためポートフォリオのグローバル化、新しいバランス型運用への転換、国際会計基準(IFRS)導入による積立不足の即時認識問題や負債構造に対応した運用等、運用戦略の見直しを余儀なくされている。具体的には、国内株式、国内債券への配分を低下させ、新興国を含む外国株式、外国債券、オルタナティブへの投資を増やす傾向にある。従って、これらのニーズに添った提案が出来る外資系運用会社が勝ち組となる。この展開に対応するため、外資系運用会社の一部に、マネジメントのポストや、年金宛てセールスでシニアから中堅のプロを採用する動きがあった。
・年金基金宛てビジネスは本来資産運用会社の領域だが、10年初頭から一部の大手外資系証券会社が年金宛てセールスのための組織を立ち上げ、人材採用を急いでいた。証券会社による年金宛てビジネスは、金融危機以前にリーマンブラザーズが始めたもので、海外の高利回り証券やファンドを年金基金に提案する。企業年金の負債側からの要求利回りは総合型で6%、単独型で3%と言われており、伝統的な運用でこれを超えることは不可能である。そのニーズに証券会社が応えようとしている。証券会社のこの職責での候補者は、証券会社のルール(一年毎に業績が評価される)を理解し、顧客である年金の制度を熟知しており、年金基金の運用ニーズに適合した証券やファンドを提案出来るプロとなっている。この採用条件に適合するプロは希少である。しかし、年金基金が今後ますます運用の強化を進める中で、セルサイドからのアプローチも意味を成すかもしれない。
金融機関
生損保、銀行、信金・信組、政府系などの金融機関が投資する有価証券額は約750兆円と言われている。しかし、BIS規制や国際会計基準などを背景にリスク許容度が低下していることから、投資は国債などの安全性、透明性、流動性の高い資産に集中している。一部には、リスク許容度に沿ってリスク管理を徹底化しながら、ポートフォリオの多様化を図ろうとしている金融機関もあるが、大きな流れにはなっていない。従って、金融法人宛てセールス部門での採用はほとんど行われなかった。
オルタナティブ
某大手外資系運用会社の調査によれば、多くの私的年金が、パフォーマンスの改善のため非伝統的資産の配分を増やそうとしていると。即ち、新興国の株式や債券、絶対収益型ヘッジファンド、PEファンド、実物不動産、REIT、インフラファンド等への投資である。従って、一部の資産運用会社でこれらのビジネスの経験者に対する人材需要があった。しかし、その拡大はこれからだと考えられる。
(4)オペレーション、その他
・内外の資産運用会社ではコストの圧縮が大きな課題となっている(10年の営業利益率が、ピーク時であった05年度の半分以下に低下したとの分析がある)。このため、外資系運用会社の投信のバックオフィス・ビジネスのBPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)専門会社への移管が進んでいる。従って、オペレーション部門での人材ニーズは限られたものであった。
・また、コンプライアンスやリスク管理部門での人の動きも限定的であった。
10.個人富裕層
以前からこの『レポート』でも報告してきたが、日本の富裕層ビジネスの将来性に対する期待は大きい。また、外資系プライベート・バンク(PB)本社の日本市場に対する期待も高い。従って潜在的な人材ニーズは強いが、日本の厳しい税・法規制、海外市場とは異質の商慣行、日本の金融機関の高い個人取引シェア等、さまざまな理由で外資系PBは苦戦を強いられている。各外資系PBはこの難しいマーケットで成果を上げるために優良な人材を求めているが、採用基準が現実的でないため上手くいっていない。PBが採用の考え方を見直し、優秀な人材を大量に採用出来なければ、預かり資産を飛躍的に増大し、日本法人を黒字化することは難しいと思う。
以 上
代表者のプロフィール:
小溝 勝信(こみぞ かつのぶ)
1968年、東京大学教養学部国際関係論分科を卒業し、住友銀行(現三井住友銀行)に入行、主として国際部門に従事した。1984年に外銀に転じ、ファースト・シカゴ銀行東京支店の事業法人部長に就任した。人材コンサルティングに転ずるため、1989年、米国の大手ファームの一つであるホイットニー・グループ日本支社に入社し、副支社長に就任した。1993年、日本型のエグゼクティブ・サーチの創設を目指してヘッズジャパンに転じ、金融部門マネジング・ディレクターに就任した。2004年、エグゼクティブ・サーチ・パートナーズ株式会社を設立した。
このレポートは、筆者がヘッズジャパンで1994年以来、半年毎に報告していた「外資系金融機関の最近の人事事情について」の連続版である。
エグゼクティブ・サーチ・パートナーズ株式会社(ESP)のプロフィール:
小溝勝信が永年の経験と主張の集大成として2004年に設立した。日本の金融人材市場に初めての、本格的な、日本版の「エグゼクティブ・サーチ・コンサルティング」の創設を志す。
詳細はホーム・ページ(http://www.espartners.co.jp)をご参照頂きたい。
※本稿の無断転載を禁じます。詳細は弊社までご照会ください。
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