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月例レポート

平成21年9月 第10号 (日本語版)

金融市場の最近の人事事情について

第一部 外資系金融人材市場の様相
〜「リーマンショック」から1年、金融ビジネスは何を学習したか?〜

第二部 [金融転職市場の創設]に関わる法律問題の研究(第3回)
〜 労働問題の理念と現実 〜

エグゼクティブ・サーチ・パートナーズ株式会社
代表取締役 小溝 勝信
- 目次 -

  • はじめに

    第一部:外資系金融人材市場の様相


    (7) 日本株




    第二部:「金融転職市場の創設」に関わる法律問題の研究(第3回)




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    はじめに

    「百年に一度」の世界的な金融・経済危機を引き起こしたリーマンショックから1年が経過する。最近では主要国政府による金融・財政政策で金融市場は改善し、壊滅的な打撃を受けた外資系金融機関の人材需要も回復しつつあるようにみえる。一方、依然として慎重な見方もある。現在の株価の上昇は「ベア・マーケットにおけるラリー」に過ぎず、米国住宅市場や失業率等のファンダメンタルズが回復しなければ、その矛盾は早晩露呈すると。
    しかし「問題」は、世界及び日本の金融業界はこの1年間に何を学んだのかである。金融人材ビジネスに従事する筆者には、危機を引き起こした「根本的な原因」が総括されておらず、金融ビジネスは金融環境の回復に連れてリーマンショック以前に戻っているようにみえる。

    第一部では、「外資系金融人材市場の様相」として、今年3月に作成された『レポート−9』以降の金融人材市場の状況を報告すると同時に、「リーマンショックから1年、金融ビジネスは何を学習したか?」と副題して、上記の「問題」を提起したい。
    第二部では、「[金融転職市場の創設]に関わる法律問題の研究(第3回)」として、当社が後援するNPO法人金融人材市場の改革を進める会から「労働問題の理念と現実」の寄稿を受けた。

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    第一部 外資系金融人材市場の様相

    1.リストラの推移

    金融人材市場でのリストラは、07年8月の「パリバショック」での金融危機の勃発による第一期、08年9月の「リーマンショック」から今年3月までの第二期、そして4月以降、今日までの第三期に分けられる。リストラの推移は下記の通りである。
    (当社は、当社のネットワークにあるたくさんの金融人材から情報を得て、外資系金融機関によるリストラの深刻度を定量的に計測した。その結果と分析の詳細は、08年8月の『レポート−8』、12月の『緊急レポート』及び09年3月の『レポート−9』で報告した。)

    07年8月のパリバショックから09年3月まで(第一期と第二期)
    07年8月のパリバショックから08年9月のリーマンショック勃発までの間(第一期)に、1109人の外資系金融人材がリストラされた。当時のリストラの対象は、主として不動産の証券化とCDO等のクレジット関連であった。他の部門の金融人材は「対岸の火事」とみていた。しかし、リーマンショックにより事態は一変し(第二期)、リストラは外資系金融機関の全部門に広がった。当社は、リーマンショックから12月中旬までに約2000人の金融人材がリストラされたと推計したが、09年に入ってリストラはより深刻化したため、08年1月から09年3月末までのリストラ総数を改めて調査した。そしてこの間にリストラされた外資系金融人材は合計4315人と計測した。この数は、外資系金融機関の従業員総数の15.5%に上る。

    09年4月以降今日まで(第三期)
    09年4月以降もリストラが一部で行なわれていた。当社はこの人数を計測していないが、200人程度とみている。特定のビジネスに偏っているとは考えられないが、債券デリバティブズと資産運用関連が中心であったとみている。その結果、08年初めから今日まで、外資系金融機関では合計4500人がリストラされたことになる(採用された人数は計算されていない)。このリストラ総数は従業員総数の16%に相当し、「金融転職市場」を持たない日本の金融ビジネスにとって影響は深刻であると考えている。

    しかし、内外の株価が回復するに連れて、6月以降には大型のリストラは沈静化したようだ。そして7月中旬以降、一部採用が始まったように見える。問題は、この回復トレンドが持続し、大きな上昇の波に繋がっていくかである。

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    2.外資系金融機関の人材需要の現況

    4月以降の人材需要の様子は下記の通りである。
    人材需要の金融機関別状況
    外資系金融機関での人材採用の方針は積極派と慎重派に分かれるが、全体としては依然圧倒的に慎重な金融機関や部門が多い。

    積極派:欧米金融機関の4−6月期の決算が発表されたが、株価の回復と歩調を合わせ概ね好調であった。中でもゴールドマン・サックスは同社史上最高益を計上した。一部の金融機関はこの好調な業績を背景として、日本でも人材採用を開始している。採用の理由には、昨年来の過剰なリストラの「巻き戻し」も含まれている。また、投資銀行ビジネスで米系にキャッチアップするためとして、積極的に人材を採用している欧州系金融機関もある。

    慎重派:世界の金融・経済のファンダメンタルズはまだ底を打っていないと考えている金融機関が多い。米国の住宅市場の回復が遅れていること、主要各国での失業率が高止まりしていること、レバレッジ取引で過剰に膨らんだCDS残高や過剰流動性の調整が済んでいないこと等が根拠である。これらの金融機関は人材採用に慎重なスタンスを崩していない。また、依然として大きな損失に苦しんでいる一部の欧州系金融機関もある。


    人材需要の商品別状況
    先端的な外資系金融機関は、不況からの回復過程でも商機をみつける。4月以降、次のビジネスで人材需要があった。@債券・株式でのフロービジネス、Aクレジットビジネス、B特定の年金基金宛てセールス、C個人富裕層及び個人リテール宛てビジネスである。但し、人材需要は依然全体として少なく、弱い。

    また、外資系金融機関の収益回復をもたらした上記のビジネスも、環境の変化で収益性が低下する。即ち、金融環境が平時に戻ればクレジットスプレッドは縮小し、金利、為替、株のボラティリティは低下する。その場合、どのようなビジネスが収益的になるだろうか?このように、金融は、環境の変化に従ってフォーカスするビジネスを機敏に変えなければならない。これからの金融機関や金融人材にはその柔軟性と対応力が求められる。

    (1)クレジットビジネス
    景気が改善するに連れてクレジットスプレッドが縮小する(価格が上がる)ため、クレジットものは投資商品として魅力的になる。対象の資産は、ディストレス(劣化した不動産宛てノンリコースローンまたは経営危機に陥った企業の社債や融資)、ジャンクボンド、ハイイールド、投資適格の債券であっても利回りが魅力的なもの、またCDO等の投資有価証券と多岐に亘った。機関投資家には、減価したこれらの運用商品を放出したいというニーズがあるが、特に日本の金融法人や年金基金の3月決算対策でのニーズに対し、一部の外資系金融機関やヘッジファンドが対応していた。人材需要がある職責は、主として中央金融法人や外資系金融機関が運用するSIVやヘッジファンド等からの資産のソーシング、入れ替えの提案(ソリューション)、プリンシパルやファンドでの投資実行、ヘッジファンドや機関投資家へのプレースメント、資産のデュ−ディリジェンスやリスク分析である。売り先は、資金力のあるヘッジファンドや外資系金融機関の自己投資とのこと。また、一部の邦銀も運用難のため、長期のクレジットものへの投資を積極化していた。また、最近のクレジット投資では、投資にあわせてクレジットのインデックスも含めたCDSのトレーディングが行なわれており、人材需要があった。

    しかし、クレジットリスクは最近二極分化しており、リスクが改善しないジャンクボンドやディストレス等の資産を対象とするビジネスの人材需要は、一巡した感がある。また、もし景気が改善すればクレジットスプレッドは縮小するため、この人材需要も小さくなると考えられる。

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    (2)フロービジネス
    景気低迷期での資金の「質への逃避」や政府による大量の流動性の供給により、外資系金融機関は、円債等のフロービジネスを拡大していた。また余資を持つ事業法人も円債取引を積極化していた。その後の金利状況の変化でも、価格競争力や取引執行力で差別化出来る金融機関は取引を拡大し、一部の外資系は高いVaRを許容して積極的にトレーディングしていた。実際、ビッドとアスクのプライスの差は拡大しており、参加する金融機関の数も減少していることから、フロービジネスは儲かっていた。トレーダーや円債セールスで人材需要がみられたが、人材の採用は取引の拡大の割には限定的であった。外部採用よりも既存の優良プロに対する処遇の改善で対応していた。

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    (3)投資銀行ビジネス
    投資銀行部門でも人員削減が行われたが、ここでのリストラは、グローバル・マーケッツ部門(クレジットやデリバティブを含む)や資産運用部門に比較すると大きなものではなかった。しかし、他の部門での人材採用が始まっている中で、投資銀行部門での採用はほとんど聞かれない。外資系金融機関の本社は、実体経済の回復の遅れを懸念してヘッドカウントの増加を認めない。下記のような一部業務の拡大も既存の陣容で対応せよとのこと。

    1-7月での日本の資本市場での資金調達額は、株式と債券の合計で10兆円を超えており、11年ぶりの高水準であった。株式市場では、メガバンクを中心に日本の金融機関による巨額の増資が行なわれた。このため、内外の大手証券会社の投資銀行部門は潤った。また、クレジット市場の回復を反映して社債の引受けも拡大した(但し、A格以上の社債が対象でありBBB以下は低迷していた)。一方、M&Aは低迷した。今年の1-6月での日本企業による国内外でのM&A総額は、前年同期間に比較して58%減少し、2兆1600億円にとどまった(レコフ社調べ)。この最大の理由は、それまでM&Aの拡大をリードしていた投資ファンドが、全く動けなくなったことによる。

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    (4)投資ファンド(プライベート・エクイティ)
    数年前までは金融人材市場の目玉のひとつであった投資ファンドの人材需要は、現在、ほとんど聞かれない。理由は、景気後退で採算に合う投資先がないこと、投資資金が集まらないこと、銀行融資が受けられないことである。それでもいくらか若手の採用はあったが、ごく一部の運用会社に限られていた。

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    (5)不動産関連と証券化商品
    不動産関連の人材需要もほとんど聞かれない。現在、日本の不動産投資のキャップレートは海外の不動産に比較して高くなっており、資金力のある投資家には買い時とされる。しかし、銀行融資(ノンリコースローン)がつかなければ期待利回りを確保出来ない。4月以降、当局の指導もあり銀行も融資するようになったとのことだが、銀行が求める負債比率は5割が限度であると。不動産関連の人材需要があるとすれば、ディストレス資産のソーシング担当である。日本のディストレス投資ではコーポレート・クレジットのディストレスが少ないので、不動産ものを購入していると。

    かつて大きな人材需要があった証券化ビジネス商品は、投資家の不信により極端な不振に陥った。これにより08年の証券化商品の発行総額(CMBS、RMBS、ABSの合計)は4兆8000億円で、前年対比4割減少したが、09年に入っても減少している。従って人材需要は全くない。

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    (6)ヘッジファンド
    07年末には210兆円程度あった世界のヘッジファンドは、リーマンショックにより08年末には150兆円程度に減少した。今年に入っても資金流出が続いたが、ごく最近では全体のパフォーマンスは改善しつつあり、残高も増えているようだ。しかし、日本の機関投資家は、ヘッジファンドへの投資に対して依然慎重なため、ヘッジファンド関連の人材需要はほとんど聞かれない。今後人材需要が増えるとみられるのは、投資リスクのアナリスト、大手の外資系投資銀行が再構築しているプライムブローカー関連、ヘッジファンドでのファンドレイズであろう。しかし本格的なものではない。

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    (7)日本株
    大方の金融機関は依然として日本株に対して悲観的である。昨年来、外資系金融機関の日本株の営業部門や調査部門がリストラを行っていたし、資産運用会社でも日本株の運用部門や調査部門で人員を大幅に削減したところも多い。但し、一部の外資系は日本株の先行きを評価しており人材を採用している。これらの金融機関によれば、多くの機関投資家が日本株のリバウンドに期待しているとのこと。このように、日本株についてはマーケットでも評価の分かれるところである。但し、現在富裕層向けにEBやエクイティ・デリバティブを使った仕組み債が売れており、人材需要があった。

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    (8)伝統的な資産運用
    リーマンショック以降内外の株価は30−40%急落した。その直撃を受けた資産運用会社では預かり資産価値が下落しファンドの解約も増えたため、収入が急減した。外資系の資産運用会社は、コストの大半を占める人件費を圧縮するため大幅なリストラを行った。特に日本株の運用にフォーカスしていた資産運用会社のダメージは大きく、従業員数をピークの半分以下に削減した外資系もあった。リストラは投信ビジネス、機関投資家宛てビジネスの両方で行われた。

    (a)大規模なリストラは当初、投信部門で起こった。07年10月末には82兆円超あった公募投信の純資産が09年1月末に49兆円台にまで激減したからだ。しかし、7月末には59兆円近くまで回復しており、人材需要でも回復の兆しがみられるようになった。
    人材需要の対象は、販売会社(銀行や証券会社)宛てのマーケターが中心で、求められる人材像は、単に自社運用の投信を説明し販売推進するだけではなく、販売会社の首脳(キーマン)に対して「個人投資家のニーズを理解し、売れる投信のアイディア(ストーリー)を描いて提案出来る人」である。また、投信とは何かについて「投信の伝道師」のように提案出来るタイプとも言われる。従来、投信の競争では商品開発力や運用力で優れた外資系が有利と言われたが、最近では、顧客ニーズを掴んで販売戦略を進めている販売会社と良いリレーションを持った運用会社が元気なようだ。しかし、外資系投信会社の人材採用の本格的な回復には時間が掛かるかもしれない。

    (b)機関投資家宛てビジネス
    @ 09年3月末での年金の運用利回りは、公的年金で年率マイナス10%、企業年金でマイナス17%であった。最近では運用利回りが改善しつつあるものの、「積み立て不足」の解消対策や会計基準の変更への対応に追われており、個人投資家のように株価の上昇に対し機敏に反応出来ない。従って、年金基金の通常の運用を対象とする人材需要は聞かれない。
    しかし、年金基金にはニューマネーが日々流入しており、現在、大手の外資系投資銀行が新しい顧客先として攻めている。ターゲットは大規模な年金基金ではなく、中小企業の業界団体が作る総合型年金基金である。これらの企業年金基金は元本確保での長期運用を行うが時価会計でないため、セルサイドの証券会社が投資戦略に適合したオルタナティブ投資商品(CPPI等)を提案している。法により年金基金の運用受託は生命保険、信託銀行、資産運用会社等に制限されているため、外資系投資銀行は許可を取得したり、許可を持つ資産運用会社と提携して進めている。このセルサイドでの営業担当への人材需要がある。年金宛ての営業担当者は伝統的資産運用会社に多くいるが、採用する外資系投資銀行によれば、彼らはバイサイド意識が強過ぎて証券会社のカルチャーに合わないと。セルサイド意識を持ち年金基金宛て営業が出来るプロは稀少で、採用は簡単ではない。

    A 運用パフォーマンスの悪化で、資産運用会社における金融法人宛て営業担当への人材需要はほとんど聞かれなかった。しかし最近、昨年来解約され続けたヘッジファンドのパフォーマンスも回復しつつあることから、中央金融法人が下半期の投資戦略を見直している。それが実際に動き出せば、リストラにより削減された金融法人宛て営業担当者の採用が始まるものと期待している。

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    (9)個人富裕層及び個人リテール宛てビジネス
    金融危機の影響を受け、個人金融資産の残高は07年末の1520兆円から08年末の1434兆円に減少し、リスク資産の比率は17.2%から12.5%に低下した。これにより「貯蓄から投資へ」の流れは止まったかにみえる。しかしごく最近では、株価の改善やエマージング・マーケットの急回復に連れて、個人投資家はリスク資産への投資を増やしているようだ。
    個人投資家は、リテール層、準富裕層(10百万円から1億円未満の金融資産を持ち、プレミアと呼ばれる)、富裕層や超富裕層(1億円以上の金融資産を持つ個人投資家で、プライベート・バンクのターゲット先)に分かれる。また最近では、積極的にリスクを取って資産を増やそうとする「フローリッチ」と呼ばれる個人投資家が注目されている。それぞれ投資行動が異なるため金融機関としてはアプローチが異なる。

    (a)外資系プライベート・バンク
    日本には10社弱の外資系の大手プライベート・バンクがあるが、そこでみられる人材需要は、@リレーションシップ・マネジャー(RM)とAプロダクト担当である。
    @ 日本の個人富裕層に対しては、メガバンクや大手証券会社等の日本の金融機関が長期に亘り関係を築いており、この口座を外資系のプライベート・バンクが得るのは容易ではない。日本の外資系金融機関でのRMは全部で約150人いると言われているが、外資系のプライベート・バンクが短期間に預かり資産を増やす方法は、競合の金融機関から優秀なRMを引抜くことである。しかし上手く行かない。RMが担当する顧客の預かり資産価値は下落しており、今は、担当する顧客に転職の話を切り出すタイミングではないと。また、プライベートバンカーの報酬水準は平準化しており、転職しても年収が上がるわけではないことも引抜きを難しくしている。
    A プロダクト担当への人材需要もある。個人投資家の投資選好は多様化しており(浮気性の増大)、投資環境の変化に合わせてさまざまなプロダクトを提案しなければならない。プロダクト担当は、預金・外国為替商品グループ(高利回りの外貨預金等)、仕組み債グループ(債券、為替や株式のデリバティブでの加工商品)、さらにはファンドグループ(投信やヘッジファンド)に分かれる。これらの担当に対する人材需要があった。しかし、投資銀行ビジネスとプライベート・バンクとの間には報酬水準や考え方に違いがあり、投資銀行からの採用は難しい。即ち、投資銀行はパフォーマンスを1年毎に評価し、対価としてボーナスを払う。これに対してプライベート・バンクは、顧客の資産を守り、資産価値の長期的増大を目指す。投資銀行は商品を内製化し自社製品を売るが、プライベート・バンクは魅力的な商品であればグループ外からでも仕入れる。従って収益構造が違い、従業員の給与レベルも異なる。

    (b)サードパーティ・ディストリビューション
    外資系投資銀行は、高度のノウハウを駆使して魅力的な商品を作り、日本の銀行や証券会社に提案して、卸す。サードパーティ・ディストリビューションという。ここでは、日々新しい商品が考案される。求められる人材は、販売会社が持つ個人顧客のニーズの情報を聞き出して、いち早く適合した金融商品を考案し提案するプロである。この職責は開発とマーケティングの両方を担当するので、候補者には債券・金利・為替・株式・ファンドの知識とクオンツ等数理知識が求められる。最近は株式関連商品が売れるようだ。人材は主として内部調達され、積極的に外部採用されているわけではない。

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    (10)デリバティブ
    90年代から数年前まで、先端金融商品として日本の金融ビジネスをリードしたデリバティブズは、今回の金融危機を引き起こした主犯のひとつとして不信を買い、かつての存在感はなくなった。従って、現在、人材需要は一部を除いて全く聞かれない。このビジネスは長らく優秀な人材を大量に育ててきたが、現在、多くのプロがリストラされ苦戦している。中には優秀で志の高いプロもおり、このまま放置するには忍びない。

    時価会計制度の導入以降、デリバティブ商品は、主として事業法人やミドルマーケット宛に販売されていた。これらの投資家は、大手金融機関に比較すると時価会計の適用が緩く、高度のノウハウも持たないため外資系投資銀行にとって収益的な顧客であった。しかし、リーマンショックでそれらのハイリターン商品(実はハイリスクであった)のリスクが暴発した。従って、これらの顧客担当に対する人材需要もほとんど聞かれなくなった。

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    (11)コモディティ
    オルタナティブ運用の一つとして注目されてきたコモディティの価格は、原油価格に代表されるように、リーマンショック以前に高騰し、その後の急落を経て、最近再び上昇している。このような価格変動を繰り返すコモディティは、一部の投資家には魅力的な金融商品であるが、取引金額及び運用金額ともに他の金融商品に比較して小さく、目立った人材需要はなかった。

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    3.日本の金融機関のM&A

    リーマンショックを引き金として日本の大手金融機関が積極的にM&Aを進めている。野村證券によるリーマン・ブラザーズの一部の海外法人の買収と日本法人の従業員の雇用、三菱UFJ証券とモルガン・スタンレー日本法人との統合、三井住友銀行による日興コーディアル証券の買収と日興シティーグループ証券の一部従業員の雇用である。これらの案件は進行中で、野村證券に移籍しなかったリーマン・ブラザーズの従業員を除き、人材市場に対する直接的な影響はまだない。現在、様子見の状況である。
    これらの案件で懸念されることは、企業文化が大きく違う金融機関同士の統合は非常に難しく、日本の経営者にはよほどの覚悟が求められることだ。間違っても日本的経営にこだわって自社の人事事情や社内事情を優先し、資本コストを無視して進めてはならない。もしそうすれば巨額の投資をムダにすることになる。世界の金融界はその行方を注視している。

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    4.金融界は「百年に一度の危機」から何を学んだか?

    米国投資銀行モデルの定義は、市場原理主義に基づく、@高いレバレッジ(過剰なリスクテーク)、A高度の数理手法を駆使した仕組み(複雑で不透明な証券化)、B自己投資(自社の利益至上主義)に集約される。これは、大手外資系金融機関のこれまでの高収益の源泉であったが、逆に「百年に一度」と呼ばれる金融危機を引き起こす誘因になったと言われる。現在まで世界の主要国はあらゆる金融・財政政策を発動し、金融機関の経営に対するさまざまな規制を検討している。現在、危機的状況は脱したと言われるが、当社は、この危機を引き起こした根本的な問題がいまだに総括されていないと考えている。

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    「問題点」を下記の通り提起したい。
    問題提起―1 外資系金融機関で高額の報酬が復活しているが、放置してよいか?
    大規模なリストラにより、日本でも多くの金融人材が依然として再就職先を見つけられず苦戦している。たとえ就職先を見つけたとしても、報酬条件はバブル期の06年に比較すると大幅に悪化している。しかし、一部の「一流のプロ」は回復しつつある人材需要を背景に、転職条件の折衝で「自分はいままで年間数千万円の報酬を得ていた。これからもその程度は確保したい」と強気に転じている。採用する外資系金融機関も「高い年収を約束しないと、優良な人材を確保出来ない」として受け入れる傾向にある。この動きを見た「一流のプロとは言えない人材」までもが、06年レベルの年収を要求し始めている。

    欧米の金融機関では既に高額な報酬が復活しつつある。各国政府は報酬額に対する上限の設定や業績連動型報酬制度の禁止で対抗しようとしている。G20財務相会議でも報酬制限が合意されつつある。しかし、大手の金融機関は反発している。そして市場でも「経営者やプロに対する高額のボーナスによるインセンティブ制度→過剰なリスクテークの許容→高収益の実現→高額のボーナスの支払いというモデルが巨額の損害をもたらした」という非難への反論が拡大している。彼らによれば「業績連動型報酬制度と巨額の損害との間には因果関係は認められない。従って報酬を低くしてもリスクの暴発は抑えられない」と。そして、ゴールドマン・サックスは、4−6月期の決算で同社史上最高の約3300億円の純利益を計上し、これに対して09年度の報酬支払いのために約6300億円を積み立てた。これにより、同社の従業員一人当たりの年間報酬は約6800万円に及ぶと。他の米系投資銀行や欧州の金融機関も追随している。「収益を回復するには優秀なプロの確保が必須であり、そのためには高い報酬を提供しなければならない」と。

    金融機関側も政府の意向や世論に配慮して「クローバック条項」の導入等、「それなりの対応」を始めている。しかし筆者は、小手先の報酬制限だけでは問題は解決しないと考えている。グローバルな金融取引は今でも巨大なリスクを包含しておりこれにメスが入っていないこと、さらに金融ビジネスのあり方や報酬制度に対する基本的な考え方が問われていないためである。また、米・欧の金融機関の間では、資本主義のあり方や金融の役割について考え方に大きな違いがある。特に米国投資銀行では、結局、これらの諸規制は骨抜きにされ、規制の対象は経営者や一部のトッププロにとどまるとみている。

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    問題提起−2 米国投資銀行モデルに代わる「新しい」ビジネスモデルが開発されたのか?
    確かに米国投資銀行モデルは「異常」であった。即ち、米国の資本市場では個人投資家だけでなく年金基金等の機関投資家も短期的な収益(3ヶ月毎にレビューする)の極大化を目的としていた。これらの株主から強いプレッシャーを受けた金融機関の経営者は、短期的な高収益の実現を目指した。この「市場原理主義的経営」はガバナンスとしてマーケットのお墨付きを得ていた。今も世界の金融機関は自社の株価の回復に躍起になっており、従来の「資本と経営の関係」に変化は認められない。

    リーマンショック直後には、多くの外資系金融機関の経営者やプロはおおいに「反省」し、「これからは市場原理主義を放棄し、20年前の投資銀行業務に戻り顧客サービスに徹する」とか、「デリバティブを使った複雑な取引や不透明なファンドビジネスを止め、国債や為替等のフロービジネスや、融資やM&A等の分かりやすい顧客ビジネスにフォーカスする」と述べていた。しかし彼らは、金融環境の改善に伴い収益第一主義に回帰し、「低レバレッジ取引や顧客ビジネスでは儲からない」として、再び自己資金を投入した投資やトレーディングを拡大している。実際、ゴールドマン・サックスの4−6月期の最高益は高いVaRの許容で実現された。従って結局のところ、リーマンショック直度の金融機関は、「当時はそのようなビジネスしか儲からなかった」から、そのように言い繕ったとしか考えられない。彼らは環境が変われば別の議論をするのである。

    また、熾烈な競争を繰り広げている投資銀行にとって、収益力で競争相手に遅れをとることは許されないだろう。実際、4−6月期の決算で、ゴールドマン・サックスはモルガン・スタンレーに大きな差をつけた。これをマーケットはどのように評価するのか?投資家は「低い株価でもやむをえない」と判断を変えたのだろうか?もし、世界の資本主義が収益至上主義を改めず、しかも、「リスクを取らずに高いROEを実現する」新しいビジネスモデルを見つけられなければ、いずれ従来の米国投資銀行モデルが復活することになる。

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    問題提起−3 資本主義の「原理」は、リスクを取って付加価値を創出することではないか?これを否定してよいか?
    金融危機の反省から「市場の規制」が叫ばれている。しかし、資本主義はアダム・スミスが『国富論』で説いたように、人間の「欲求の追求」を前提としている。近代経済学も「限界効用の極大化」を理論の根底においている。
    従って資本主義のポジティブな側面は、民間企業が競争を通じて技術力を向上させ、リスクを取って付加価値を創出することである。その結果、今日の社会が築かれた。一方、ネガティブな側面では、「グリード=貪欲」を発揮すると今回のような危機が引き起こされる。元来資本主義はそのような「矛盾」を内包している。そして、世界がそのような資本主義を選択し続けるのであれば、「政府の規制」だけでは金融の暴走は阻止できず、将来、再び同様の事態が起こると懸念される。

    もともと「歴史」はどのように変化するのであろうか?「唯物史観」によれば、歴史は必ずしも「人々が望ましいと願う」方向に動くものではない。下部構造(生産力と生産関係)と上部構造(文化や社会システム)の間の矛盾の激化とその止揚により変化していく。今回の危機はその表れに過ぎない。そうであれば、「今こそ江戸時代の文化に戻るべきだ」と唱える高名な学者の論理などは一瞥にも値しない。また、サミュエル・ハンチントンの『文明の衝突』によれば、宗教的に不寛容な一神教同士の衝突が世界を混乱に巻き込むと。さらに、不確実性や知識の限界を説くナシーム・タレブの『ブラックスワン』によれば、将来起こることは予測出来ないから「現実」を先行させ、それを人類にとってより良いものに修正していくしかないと。

    金融ビジネスは再び「主役」に戻るのだろうか?筆者は、今後の金融ビジネスは、かつて「尻尾が胴体を振り回す」と言われたほど実体経済に大きな影響を及ぼすとは考えないが、再び復活すると考えている。理由は、過度のレバレッジを解消した後も世界的な資金余剰が続き、実物財が大きな付加価値を生み出す産業(自動車産業やIT産業)を創出しなければ、デフレが継続し相対的に金融財の価格が上がり(ワルラスの法則)、その結果、金融ビジネスの役割が拡大するからである。

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    問題提起−4 外資系金融機関が日本市場から撤退・大幅縮小しても問題ないか?
    日本の大企業の多くの経営者は、日本の金融機関とトップクラスの外資系金融機関の提案力に大きな差があると証言している。しかしメガバンクの首脳はこれを即座に否定し、「当行には優秀な人材がたくさんいる」と嘯く。これは反論にもならない。今回、外資系金融機関は日本でも破壊的なリストラを行ったが、某邦銀役員は「彼らは顧客を騙し、高い報酬を得ていたのだから当然の報いだ」と溜飲をさげていた。確かに外資系金融機関の短期収益至上主義には大きな問題があるが、だからと言って、日本の金融機関の国際市場での競争力の劣後が正当化されるわけではない。また、外資系金融機関がこれまで日本企業に提供してきたサービスがなくなれば、日本の産業に大きなダメージを与える。メガバンクが外資系金融機関の役割を果たせるのであれば問題はないが、多くの日本企業の経営者は「期待できない」と評価している。今回の危機以前には、頻繁に「ジャパン・パッシング」問題が議論されていた。「日本の金融市場はグローバル・スタンダードではないから、日本での金融ビジネスは儲からない」と。しかし、今回の危機でこの問題が忘れられ、「金融のグローバル化が諸悪の根源である」と非難さえされている。

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    問題提起−5 日本にはフェアな「金融転職市場」の創設が必要ではないのか?
    上記の諸「問題」を解決することは容易ではないが、それでも日本に「健全」な資本主義を根付かせ、日本の金融機関や金融人材を世界に通用するよう改革しなければならない。また、今回のリストラに際して「外資系金融機関の従業員は高額の報酬を貰っているから」とか、「彼らは元々定年まで勤務する積りがないから」という理由で、多くの外資系金融人材が、わずかばかりの上乗せ退職金を貰ってリストラされた。当社は、外資系金融機関の雇用では「労働法」が適正に執行されていないと憂慮している。
    当社はこれらの諸問題への対応として、予ねてから日本に「金融転職市場」を創設すべきと主張している。そして「市場」では、労働法や労使間ルール等、さまざまなインフラが整備されていなければならない。グローバル・スタンダードに沿い、かつ日本の慣行にも適合したフェアな「金融転職市場」を創設しなければならない。もしそれが出来なければ、日本の金融は、国際市場での競争でますます取り残される。

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    おわりに

    筆者は、「百年に一度」の金融危機を契機に、資本主義や金融のあり方、さらには報酬制度について、グローバルに真摯な議論が行われることを期待していた。即ち、資本主義社会では人は何のために働くのか、報酬は何に対してどのように与えられるべきかという議論である。しかし、金融危機が峠を越えたとの安堵感からか、「政府による諸規制」だけで本質的な議論が行なわれることはなく、世界の金融界は結局、リーマンショック以前に戻っているようにみえる。

    以上

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    第二部 「金融転職市場の創設」に関わる法律問題の研究(第3回)
    〜 労働問題の理念と現実 〜
    NPO法人 金融人材市場の改革を進める会
    理事長 右田正隆

    1.はじめに

    (1)労働法の意義
     労働問題は労働者一人ひとりの就業条件や個別企業の経営問題にとどまらず、国の経済や社会のあり方にも関わる広範な問題である。この労働問題を取り扱う労働法の意義も多様で、人々の日常生活に関わる側面(「日常性」)、国の経済や社会のあり方に密接に関わる側面(「政策性」)、さらには人々の宗教観や社会観にも関わる側面(「根源性」)も併せ持っているといわれる(水町勇一郎著『労働法』による)。
     労働問題を取り扱う労働法の意義は、その背景にある各国固有の歴史的・社会的システムを反映した「現実性」と同時に、問題点のある現実にメスを入れ、あるべき姿に近づける「規範性」が求められている。しかも、一方の当事者の立場に偏することなく、他の当事者への影響も踏まえた「公平性」、個別の初期効果だけでなく、波及効果も考慮する「総合性」「斉合性」が求められる。
     しかし、今日、労働法はこの意義に適っているだろうか?

    (2)今回の研究の背景と狙い
     労働問題への法的対応は経済・社会の発展と連動しながら行われ、第二次大戦後においても基本的には「弱者救済」色の濃い労働法によって補強されてきた。この理念の下では集団的・画一的な保護・規制が実施され、当時の社会的要請を実現してきたといえよう。
     その後の経済・社会環境の根本的な変質に伴い、旧来の労働法は機能不全に陥り、労働法に関わる理念も修正を余儀なくされてきた。つまり、労働者サイドにおいて高齢化・小子化による人口構造の変化、労働者意識の個人主義化、女性の社会進出等、また経済体制において経済のボーダーレス化・グローバル化、サービス経済化・情報化等の構造的変化が不可逆的に進展している。このため従来の理念を改め、労働問題に関してもさまざまな面で規制緩和策が打ち出されてきた。
     ところが、規制緩和を声高に唱えたいわゆる「小泉改革」の下で、「勝ち組」と「負け組」という労働者間の「格差社会」の出現、「ワーキングプア」と呼ばれる大量の低所得労働者群の発生が社会問題となったうえに、昨年来の「百年に一度の経済危機」発生に伴い、日本を代表する大企業までもが大幅なリストラ(派遣社員の雇止め、パート社員の解雇、新卒学生の採用抑制等)に踏み切ったことを機に、政府の大掛かりな関与・介入や労働法の規制強化を求める「巻き戻し」の傾向が強まっている。
     旧来型理念への回帰によって直面する労働問題を解決することができるだろうか?現在、直面する労働問題の解決に当たって求められる対応とはどのようなものか?解決すべき労働問題は多岐に亘るが、本稿では「終身雇用制」「解雇権濫用法理」「募集・採用における年齢制限禁止」の3点に絞って理念と現実の乖離を明らかにしたうえで、解決の方向を提言してみたい。

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    2.労働問題に関する理念と現実

    (1)「終身雇用制」
     (イ)終身雇用制の意義
     「終身雇用制」は「年功序列型賃金」、「企業内労働組合」と並んで戦後、わが国特有の労働慣行といわれ、この3つは密接不可分の関係にあると説明されてきた。これらの労働慣行は、一方の立場からは「時代遅れの封建的な制度」と酷評され(代表的な論者は丸山眞男及び大河内一男の両東大教授)、もう一方の立場からは「日本的経営の強さの根源」と称賛される(代表的な論者はボストンコンサルティング社長アベグレン)など、評価は両極端に分かれていたが、実績として、この労働慣行が戦後復興期、高度成長期、さらには二度に亘る石油危機を克服する過程で、労使双方にとって円滑、かつ有効に機能してきたといえる。
     つまり、終身雇用制は労働者にとっては就業の保証(解雇の回避)、会社にとっては労働者の確保、長期的観点からの育成、強い帰属意識の涵養という点で、労使双方にメリットがあり、安定した雇用関係の維持に貢献してきた。個々の企業の賃金制度でも終身雇用制を前提に「ベースアップ」や「退職金の永年勤続優遇加算」等が実施されてきた。企業内労働組合はこの労働慣行を尊重し、労使協調路線を堅持してきた。また法制面からも終身雇用制維持のための法理が確立していた(後述「解雇権濫用法理」をご参照下さい)。
     年功序列型賃金とは、年齢と勤続年数を重要な評価基準として賃金を決めるもので、各層の労働者の企業への貢献と賃金が一致せず、若年層には貢献よりも低い賃金を、中高年層には貢献よりも高い賃金を支給する仕組みである。ただし、各労働者の入社から退職までの全期間を通算すると、概ね貢献と賃金の総量は一致している。このため、年功序列型賃金は「賃金の長期決済システム」といわれてきた。中高年層は若年層時代に賃金を超えて行った貢献(いわゆる「人質賃金」)を取り戻すためには、定年まで働き続ける必要があり、企業もこのサイクルを遵守してきた。

     (ロ)終身雇用制の問題点
     ところが、平成に入り、バブル経済の崩壊後、わが国が低成長経済に転じて以降、終身雇用制を維持することに伴うさまざまな問題点が顕在化し、前提条件が一変している。つまり、
    @ 経済のボーダーレス化・グローバル化の進展、とりわけ東アジア諸国の目覚しい経済発展を背景に厳しい競争に直面した製造業にとって、終身雇用制はコスト削減や抜本的な組織改革を図るうえで大きな足枷となってきた。
    A 一旦、労働条件を引上げると、その後、たとえ経営悪化しても労働条件の引下げが難しく、しかも雇用契約の終了(解雇)もできない制約の下では、企業は労働条件の引き上げに抵抗する傾向があり、結果的に労働者にとっても労働条件の改善にブレーキがかかっている。
    B 若年層、とりわけ相応の実務経験を積んだ有能な中堅・若手層は賃金分配面で相対的に不利になっていることに不満を持ち始め、自らの貢献に相応しい処遇を求め、これが受け入れられなければ別の職場に転じる動きがみられる。このため、過去の逸失分を取り戻そうとする中高年層は企業に残存し、企業が確保したい中堅・若手層は中途退職することになり、終身雇用制が結果的に人事の「逆選別」を招いている。

     (ハ)今後のあり方
     終身雇用制は制度としてすでに相当程度崩れかけており、今後、この傾向は一段と加速するものと思われる。いまさら終身雇用制を無理やり立直し・補強するとか、過去のメリットにいつまでも固執するというのは賢明な策とは思えない。労働者サイド及び経済・社会環境の構造的・不可逆的な変化を踏まえれば、むしろ終身雇用制の崩壊を前提にして、どのようにして労働者に新たな就業機会を公平に与えるか、そのためにはどのような条件が必要かを考えるべきであろう。すなわち「流動性のある労働市場」を速やかに創設することがもっとも現実的であり、労働市場の活性化・流動化を図る方策を打出すことが喫緊の課題といえよう。

    (2)「解雇権濫用法理」
     (イ)同法理の意義
     戦後、判例の積み重ねによって確立してきた「解雇権濫用法理」及び同法理に基づく「整理解雇の4要件」は、終身雇用制を法制面から支え、労働者にとって解雇のリスク回避という点で効果をあげてきた。同法理は2003年の労働基準法改正で条文化された後、07年に「労働契約法」に移された。すなわち、労働契約法第16条で「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする」と定められた。(「解雇権濫用法理」及び「整理解雇の4要件」の詳細は、2009年3月『金融市場の最近の人事事情について』第9号第2部『金融転職市場の創設に関わる法律問題の研究(第2回)』をご参照下さい)。

     (ロ)同法理の問題点
     企業による恣意的な解雇権の濫用を法的に防止することは政策のあり方として当然であり、最高裁、及びその後の法律で権利濫用か否かの法的判断に当たって「合理性」と「社会的相当性」を基準とすること自体は何の問題もない。
     ただし、「合理性」と「社会的相当性」の是非については時代の要請や経済・社会環境に伴って変わって然るべきで、当初の適用基準をその後もそのまま墨守するべきではない。とくに同法理に基づく「整理解雇の4要件」は最近の経済・社会環境の変化に適応し切れておらず、むしろ問題点や弊害が顕在化しているといえよう。もちろん、企業の恣意的な解雇や法律違反の行為は法的に禁止されるのは当然のことであるし、近年、「要件」を「要素」と理解し、総合的に判断して「合理性」と「社会的相当性」を決しようとする判例も出されているが、同法理の厳しい適用が企業にとって依然として経営の自由度を制約している。

     判例で確立している「整理解雇の4要件」を企業サイドからみると、それぞれ次のような問題点が指摘できよう。
     @.「人員削減の必要性」の判断では、整理解雇を行いながら新規採用という行動は人員削減の必要性がないものと判例で看做されている。このため、経営危機に陥った企業が再建策として非効率な人員構成を是正するため人員の入替えを画策しようとしても、法的には不可能である。結局、再建に失敗して倒産となれば、それまで残っていた労働者もすべて失職する。
     A.「解雇回避努力」の判断では、たとえ人員削減の必要性が認められる場合でも整理解雇を行う前に新規採用の手控え、非正規社員の雇止め・解雇が企業の解雇回避の「真摯な努力の証」として判例で要求されている。この判例に従って企業が行動したことにより、非正規社員(若年層中心)の大量失業、新卒学生の就職難という事態を招き、世代間の利害対立という新たな社会問題を引き起こしている。これは司法の判断が社会的不公正を招いた事例の一つといえる。
     B.「人選の合理性」の判断では、「責任感」「協調性」「優秀性」という企業の望む人選基準では、抽象的過ぎて客観性を欠き、恣意的であるとして判例で否定されており、勤務成績、勤続年数、扶養家族の有無等の人選基準が要求されている。しかし、これでは経営危機に直面した企業にとって生き残りを図るための実効的な人選が困難である。直面する緊急事態に対応するためには企業の望む人選基準に合致する精鋭社員だけで早期に経営再建を図り、そのうえで将来、解雇した労働者を再雇用するという選択肢は採りたくても採れない。このため、経営再建が遅れることになる。
     C.「手続きの妥当性」の判断では、労働組合や労働者の納得を得るため誠意ある協議や合意を得ることが求められている。これはこれで企業にとって当然の責務であろうが、実際には労働組合の合意を得るため労働組合内で発言力の強い中高年層に過分の配慮がなされる公算が高い(類似の事例として米国の「セニョリティ制度」がある。レイオフの際に勤務年数の短い組合員から順に解雇し、レイオフを解除する際には勤務年数の長い組合員から順に再雇用する制度。この労働組合への宥和策がGM、クライスラー等、米国巨大企業の経営破綻の一因ともいわれている)。

     一旦、退職すると再就職の機会が事実上ない現実から、労働者、とりわけ中高年層が同法理を盾に何が何でも現職場に固執するのはやむをえないとの見方がある。それはそれで一面の真理であるが、見方を変えれば、「解雇権濫用法理」が企業の正社員採用意欲を必要以上に慎重化させ、労働市場の流動性を阻害し、労働者の就職機会を狭めているという、もう一面の真理がある。

     また同法理の厳しい規制のため解雇が困難となったとの見方に疑問を投げかける見解(2009年7月31日付け日経新聞「経済教室」神林龍 一ツ橋大学准教授)がある。同准教授は「整理解雇法理が事実上、整理解雇ができないほど禁止的に高い解雇費用を使用者に課しているとはいえない」、解雇訴訟に至った比率は継続的に低下しており、「90年代後半以降、整理解雇法理は安定した裁判規範を提供してきた」と、同法理を肯定的に評価している。
     しかし、この見解には疑問がある。企業にとって従来の判例の積み上げからは自らの係争案件への適用の是非が極めて不透明であり、実際に裁判で争ってみないと勝敗が分からないと覚悟している。従来の判例でみてもそれぞれの個別事情が考慮され、総合的判断で判決されており、実際問題、予測困難である。確かに労働契約法に基づく労働審判制度等により紛争解決の早期化が期待されるとはいうものの、企業としては企業イメージを著しく低下させてまでして膨大な時間と労力を掛けるよりは、そもそも労働争議となりうる事態を予め回避しておく方策、つまり労働法の過重な制約から脱却する方策を立てた方が賢明と考えるはずである。同准教授の指摘している解雇訴訟比率の低下についても「安定した裁判規範」というよりは、厳しい競争場裡にある企業にとって裁判での解決にさほど期待しておらず、訴訟自体を回避しているのではないか?

     海外ライバル企業との熾烈な競争下にある企業、特に労働コストの多寡が競争力に大きく左右する製造業は、高コストの人件費、かつ硬直的・不透明な労働法制に拘束される国内労働者の雇用という選択肢を捨て、日本の労働法制の及ばない海外へ生産拠点を移管し、低コストかつ調整可能な現地労働者の雇用の方が有効な選択肢となっている。現に工場の海外移転は製造業において今なお増加傾向にある。経済のボーダーレス化・グローバル化のもとでは、税法面(高い法人税率)や賃金コスト面に加え、労働法制面でのハンディが経済の空洞化を加速しているといえる。経済構造の転換や産業活性化策による国内経済活動自体の促進をしないまま、現行労働法制を放置すると、今後、国内に残るのは対外競争力のない政治的な保護産業や労働生産性の低いサービス業、そして膨大な失業者や肥大化したままの官僚組織、という事態になりかねない。

     (ハ)今後のあり方
     そもそも企業活動の実態についての理解や経済運営の責任も持たない司法の判断によって新たな社会的不平等や経済の空洞化を招いてきたことに果たして「合理性」や「社会的相当性」があったといえるのか、という根本的疑問がある。政府も労働契約法制定の際、解雇問題に関して国民経済や労働市場のあり方を踏まえた万全の検討を行ってきたとは到底思えない。確かに司法の権威の維持や政治的PR効果の目的は達成できたかもしれないが・・・
     国民生活の存立基盤の喪失(経済の空洞化)や新たな社会的不平等(既得権を持つ者と持たざる者との二極化)という事態を早期に解消するためには、もはや時代遅れの「整理解雇の4要件」を全面的に見直し、企業の経営の自由度を高める必要がある。もちろんそれと同時に、国内経済のパイ自体を拡大するマクロ政策に加え、解雇を受けた労働者に対する生活費補填、労働スキル向上のための教育・研修の実施、適時・的確な労働需給情報の提供等、ミクロ面からの整備が併せて不可欠である。まさに政府・民間ベースでの知恵の出しどころといえよう。

    (3)「募集・採用における年齢制限禁止」
     (イ)年齢制限禁止法令の内容と意義
     2007年10月に「改正雇用対策法」が施行され、労働者の募集・採用に当たって年齢制限の禁止が法定化された。従来の「雇用対策法」では年齢差別の禁止は採用企業の努力義務とされていたが、年齢制限の例外事由に該当しないにもかかわらず、募集・採用に年齢制限を設けているケースや、年齢不問の求人としているものの、実際には書面や面接での選考の際に年齢を理由に採用を拒否するケースが多発したため、法令改定により法的強制力を持たせたものである。
     (注)わが国では雇用差別を包括的に禁止する立法はない。雇用差別を明示的に禁止する規定としては、「雇用対策法」の他に次の個別の法律規定がある。
     @ 「労働基準法」(1947年制定):国籍、信条、社会的身分を理由とする労働条件差別を禁止。
     A 「男女雇用機会均等法」(1985年制定、1997年改定、2006年再改定):性別を理由とする労働条件差別を禁止

     「改正雇用対策法」の内容は次の通り。
    @ 労働者の募集及び採用の際には、原則として「年齢を不問」としなければならない。
    A 例外的に年齢制限を行うことが認められる場合は、「厚生労働省令で定められている事由(例外事由という)」に該当する必要がある(下記参照)。
    B 年齢制限の禁止は、公共職業安定所を利用する場合をはじめ、民間の職業紹介事業者、求人広告などを通じて募集・採用する場合や事業主が直接募集・採用する場合を含め、広く募集・採用を行うに当たって適用される。
    C 同法に違反する場合には、当局の助言、指導、勧告等の措置を受けることがある。

     例外的に年齢制限が認められる事由は、省令(雇用対策法施行規則第1条の3第1項)で次のように規定されている。
    <例外事由@>定年年齢を上限として、当該上限年齢未満の労働者を期間の定めのない労働契約の対象として募集・採用する場合
    <例外事由A>危険有害業務や警備業務等、労働基準法等の法令により年齢制限が設けられている場合
    <例外事由B>長期勤続によるキャリア形成を図る観点から、若年者を期間の定めのない労働契約者として募集・採用する場合
    <例外事由C>「技能・ノウハウの継承の観点」から、特定の職種の「特定の年齢層」において労働者数が「相当程度少ない」場合で、期間の定めのない労働契約の対象として募集・採用をする場合
    <例外事由D>芸術・芸能の分野における表現の真実性等の要請がある場合
    <例外事由E>国の施策の対象となる特定の年齢層の雇用を促進する施策の対象となる者に限定して募集・採用する場合

     しかも厚生労働省のホームページによると、これら例外事由の適用に当たっては極度に細部に亘る規制の網が掛けられている(注)。
     (注)<例外事由B>では、若年者層を募集・採用する場合、対象者の「職務経験・実務経験を不問」とすることが条件となっている。このためファイナンシャルプランナー1級等、職務経験を必要とする免許保有を要件とする募集は不可となる。
     <例外事由C>では、次のように詳細に規定されている。
     ・「特定の職種」の「特定の年齢層」を募集するには、「技能・ノウハウの継承の観点」という条件が課されており、企業の経営戦略や事業計画等の遂行等の観点は否定されている。
     ・「特定の年齢層」とは、30〜49歳のうち、特定の5〜10歳刻みの年齢層と規定されている。
     ・「相当程度少ない」とは、同じ年齢層の上下の年齢層と比較して労働者数が二分の一以下と規定されている

     (ロ)同法の弊害
     年齢制限の例外事由は上記6項目に限定され、年齢制限が付けられた募集・採用は法的に禁止されることになったが、専門人材を望む企業にとって人材採用の意欲が阻害され、結果的に労働者にとって就業の道が狭まることになった。
     というのは、厳しい競争に晒されている企業にとって、抜本的な戦力強化を図るために専門知識と特定分野の業務経験を持つ外部人材をピンポイントで速やかに採用することが喫緊の課題であるが、この要望が叶えられないからである。たとえば、「担当部長を補佐できる実務経験と職務遂行能力を有する人材で、部長より年下の人材」とか、「年齢バランスが偏っている組織を是正するために即戦力の中堅・若手人材」等を採用したいとの要望を持つ企業は多いが、こうした選別的・制限的な募集・採用方法は同法違反となり、不可能である。
     グローバルな規模で事業展開する企業(先端技術分野の製造業とか、外資系金融機関や本邦大手金融機関等)の特定分野は専門ノウハウと実務経験を有する少数精鋭で運営されており、募集企業が採用したい人材とはこれら特定の条件を備えた人材だけである。単に就職を希望する不特定の多数人材を年齢不問で募集対象とするというのは、一見公平に見えても、結果的には募集企業と応募人材の両者にとって膨大な時間とエネルギーの無駄が生じるだけである。募集企業が求める即戦力の人材が採用困難であれば、条件を落として代わりの人材を採用するという選択肢はありえない。結局、同法は企業の人材採用意欲を阻害するだけである。
     そもそも雇用差別禁止という本来の趣旨は、能力・経験及び期待される役割面で同一の労働者に対して不当な差別的取扱いを禁止することにある筈で、能力・経験や期待される役割で格差のある労働者、いわば「差別化された労働者」に対して一律の規制の網を被せるのは、むしろ法的に「逆差別」を生み出しているのではないか?

     さらには企業から特定の条件を備えた人材の紹介依頼を受けた職業紹介会社は、募集企業の希望に沿った人材紹介を禁止されているだけでなく、募集企業に対して改正雇用対策法の趣旨を説明し、募集内容の是正の働きかけを行うこと、あるいは同法令違反企業を所管の公共職業安定所長へ通告(情報提供)することが求められている。これを遵守しない場合には行政指導、行政処分の対象となることがあると、厚生労働省のホームページに記載されている。
     募集企業だけでなく、職業紹介会社も含めてあらゆる当事者が法令遵守をしない限り、法令の目的は実現できないことはその通りである。しかし、認可業務のため当局の管理下にあり、いずれも小体で約10,000社ともいわれる数多くの職業紹介会社と、グローバルな規模で事業展開する募集企業との圧倒的な力関係の格差をみると、職業紹介会社が募集企業を指導・教化するよう法的に強要することは現実的な対応であろうか?募集企業からの年齢制限の付いた紹介依頼があった場合、職業紹介会社は法令遵守と募集企業への配慮との狭間で厳しい状況に置かれることになる。安易に法令遵守を募集企業に強要すれば、募集企業から紹介依頼を取り消されるだけで終わりかねないし、法令違反を当局に通告したら、募集契約を破棄されかねない。
     職業紹介会社と募集企業との関係は、下請企業と親会社の関係に類似しており、下請会社が親会社を指導・教化するとか、親会社の違反行為を当局に通告することを法的に強制することは現実的なのであろうか?また、未だに意識と実践との間に大きな乖離がみられる「公益通報者保護法」で、企業のコンプライアンス違反を知った社員に対して、もし法令で通報義務を課し、通報義務を果たさない場合、法令で処分を受けることがありうるとしたら、どのような事態となるのであろうか?

     (ハ)今後のあり方
     「改正雇用対策法」は、2004年12月施行の「改正高年齢者雇用安定法」とともに主に中高年層労働者の就業機会を拡大する目的で立法化された。しかし、高年齢者の雇用を優先したため、それに伴う企業行動への影響、若年層や専門的職務の労働者への波及効果についてはほとんど考慮されなかったものと思われる。
     ところで年齢差別の禁止を法定化したことによって中高年層の就業がどれだけ実現したのであろうか?逆にむしろ就業機会は縮小したのではないか?その検証がなされたかどうか不明であるが、政策効果の検証のない、あるいは検証できない法令にどれだけ意義があるのだろうか?
     同法のように労働者の持つさまざまな能力の違いや就業意思の相違を度外視し、一括して法的な網を掛けても所期の効果は期待できまい。それぞれの労働者の持つノウハウ、専門性、経験、就業意思等の違い、つまり「労働の質の差別化」に応じて、それぞれに相応しい就業機会を提供すべきであろう。
     高度の専門知識や特定の実務経験を要する専門的労働に従事する労働者と、汎用的・代替的労働に従事する労働者とを峻別し、公共職業安定所(ハローワーク)で求職活動を行う後者については同法の対象とする一方、もともとハローワークで求職対象(注)となりえない前者については同法の対象外とし、募集企業の自由な意思に任せ、人材募集・採用意欲を高めることが必要ではないか?
     (注)ハローワークでの利用を目的に編纂されている『労働省編職業分類』には約2万8千の職業名が収録され、大分類9、中分類80、小分類379、細分類2,167に分類されている。
     このうち金融では大分類「事務職」、中分類「会計事務の職業」、小分類「現金出納事務員」と「金融機関窓口事務員」、また証券では大分類「営業販売職」、中分類「販売類似の職業」、小分類「有価証券売買仲買人・金融仲立人」が例記されているだけである。
     ところが、金融・証券の専門的職務(融資戦略の策定、企業信用調査、資産運用、M&Aアドバイザリー業務、富裕層資産管理等)についての分類はなく、すべて大分類「専門・技術職」、中分類「その他の専門的職業」、小分類「他に分類されない専門的職業」に一括して含まれている。
     これでは金融・証券の専門的職務に関わる労働者はハローワークでは職務を探しようがない。
     そもそも公的機関で職業紹介の対象外となる労働者に対しても改正雇用対策法を一律に適用するのは矛盾といえよう。

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    3.これからの労働問題への対応

     近く実施される総選挙を睨んで、非正規雇用の流れに歯止めを掛けるための改正案が与野党から出されていた。自民・公明政府は期間30日以内の派遣を原則禁止する案、民主・社民・国民新の3党は登録型派遣や製造業への派遣の実質禁止を目的とした労働者派遣法改正案を打ち出していたが、いずれも衆議院の解散に伴い廃案になった。
     本年に入り大手企業の中には企業に対する社会的批判を回避するため、あるいは製造技術面での継承面を重視して派遣社員の正社員化に踏み切る企業も出てきたが、総選挙後、民主党の圧勝による政権交代に伴って同党のマニフェスト(政権公約)に盛り込まれた製造現場への派遣の原則禁止が実施されることが懸念される。
     立法者や裁判所が企業や労働者の真の意思や行動を理解しないまま、世論迎合的に立案・判例を行った結果、労働者や企業が立法者や裁判所の思惑とはまったく別の行動を取り、新たな弊害を招いてきたのが、いままでの経験である。もし民主党が製造業への派遣の原則禁止を強行するような事態になれば、企業は硬直的な労働法を回避するため海外への工場移管の動きを一段と加速させ、結果的に労働者の就業の場が縮小することは必至である。
     また、経済・社会環境の成熟化に伴い、労働者と一言で言っても、画一的に取り扱える「集団としての個人」から、個別的で独自の意思を持った「個々人としての労働者」に転換しているのである。派遣労働者の中には正社員化に伴うさまざまな制約(勤務地や職種など働き方の自由度を喪失)を嫌い、派遣社員での勤務を志向する労働者もいる。子供の教育や親の介護などの理由から勤務地の変更を受け入れられない人や、働くことのできる時間帯に制約のある人やキャリア形成の観点から特定の職種に拘る人もいる。そのような労働者にとっては派遣法の規制強化は就業機会を著しく狭めることになる。
     政府は、ある時は高年齢層対策、またある時は若年層対策と、深刻な事態に直面するや、慌てふためいて単発的・一時しのぎの規制強化を「モグラ叩き」のように重ねているが、それでは逆効果を生み、際限のない修正の繰り返しとなり、国民経済的に膨大な時間の無駄と多大の労力を浪費することになる。基本的には企業に対しては国内での自由な事業活動や創意工夫の自由度を保障すべきで、労働者と企業との自由・公平な契約を前提にした「流動性に富んだ労働市場」を創設し、労働者に対しては個々の職務能力を高めるための支援策を講じるとともに、能力・就業意欲に相応しい職場を提供するなど、総合的・整合的な雇用環境の整備が喫緊の課題といえよう。
    筆者のプロフィール:
    小溝 勝信(こみぞ かつのぶ)
    1968年、東京大学教養学部国際関係論分科を卒業し、住友銀行(現三井住友銀行)に入行、主として国際部門に従事した。1984年に外銀に転じ、ファースト・シカゴ銀行東京支店の事業法人部長に就任した。人材コンサルティングに転ずるため、1989年、米国の大手ファームの一つであるホイットニー・グループ日本支社に入社し、副支社長に就任した。1993年、日本型のエグゼクティブ・サーチの創設を目指してヘッズジャパンに転じ、金融部門マネジング・ディレクターに就任した。2004年、エグゼクティブ・サーチ・パートナーズ株式会社を設立した。
    このレポートは、筆者がヘッズジャパンで1994年以来、半年毎に報告していた「外資系金融機関の最近の人事事情について」の連続版である。

    エグゼクティブ・サーチ・パートナーズ株式会社(ESP)のプロフィール:
    小溝勝信が永年の経験と主張の集大成として2004年に設立した。日本の金融人材市場に初めての、本格的な、日本版の「エグゼクティブ・サーチ・コンサルティング」の創設を志す。
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